ヨネダ2000誠の高校はテニスのスポーツ推薦!同級生全員に敬語だった学生時代と理容師免許

ヨネダ2000誠の高校はテニスのスポーツ推薦!同級生全員に敬語だった学生時代と理容師免許

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M-1グランプリの決勝で独特のネタを披露したヨネダ2000の誠さんが、どんな高校時代を過ごしていたのか気になって検索された方も多いのではないでしょうか。

誠さんは中学時代にテニスで好成績を残し、高校にはスポーツ推薦で入学しています。

高校では同級生全員に敬語で話していたという、ちょっと変わったエピソードも本人が明かしています。

この記事では、誠さんの高校時代と、卒業後に芸人と理容師の道を同時に歩み始めるまでを、本人の言葉をもとに整理します。

ヨネダ2000誠の高校は?テニスのスポーツ推薦で進学

  • 高校はテニスのスポーツ推薦
  • 勉強は苦手、賢い兄の存在
  • 同級生全員に敬語で話した高校時代
  • 高校生で芸人を目指していた

まずは、誠さんが高校に進むまでと、高校生活の様子から見ていきます。

高校はテニスのスポーツ推薦

誠さんは1999年3月25日生まれ、東京都世田谷区の出身です。2020年に愛さんとヨネダ2000を結成し、ボケとネタ作りを担当しています。2022年までは本名の清水亜真音(しみず あまね)で活動していました。

出身地 東京都世田谷区
中学時代 テニス部で大会に出場し好成績
高校 テニスのスポーツ推薦で入学(校名は公表されていない)
高校時代 同級生全員に敬語で話していた
高校卒業後 すぐにNSC東京校へ入学
専門学校 通信の理容専門学校とダブルスクール
資格 理容師免許

『OWARAI AND READ 003』のインタビューをもとにしたWikipediaの記述によると、誠さんは中学時代にテニス部に所属し、大会で好成績を残していました。その実力を生かし、高校にはスポーツ推薦で入学しています。

吉本興業の公式プロフィールでは、趣味としてテニスのほか、絵を描くこと、物作り、音楽鑑賞を挙げています。今でもテニスは大切な趣味の一つで、学生時代について聞かれると「テニスばっかりやってました」と振り返っています。

ネット上には具体的な高校名を挙げる記事もありますが、本人や事務所が校名を公表したことは確認できませんでした。この記事では、確認できない校名は書かずに紹介します。

勉強は苦手、賢い兄の存在

スポーツで高校に進んだ誠さんですが、勉強は大の苦手だったそうです。

2022年のTOKIONのインタビューでは、「とにかく勉強が苦手で、私にも賢い兄がいるんですけど、兄みたいになるのは絶対に無理だってわかってたんですよね」と語っています。

親がいろいろな塾に通わせてくれたものの、成績は一向に伸びなかったといいます。本人は「親がいろんな塾に通わせてくれたんですけど、ダメでした」と笑って振り返っていました。

誠さんには兄と妹がいて、兄がお笑い好きだったことから、お笑いのDVDを見せてもらうこともあったそうです。家族でよくテレビを見ていて、ダウンタウンの番組に自然と憧れるようになったと話しています。

影響を受けたものとして、ザ・ドリフターズや松本人志さん、Mr.ビーン、『ダウンタウンのごっつええ感じ』を挙げています。勉強は苦手でも、家族と見ていたお笑い番組が、誠さんの感性を育てていったようです。

同級生全員に敬語で話した高校時代

高校時代の誠さんには、ユニークなエピソードがあります。同級生全員に敬語で話していたのです。

高校生向けのフリーマガジン「シーエイチファイルズ」のインタビューでは、高校時代のキャラクターについて「部活の時だけ明るくて、普段も部活の子と二人で行動していた」と振り返っています。

「私、同級生全員に敬語使ってたんです。学校のギャルもみんな優しくて『敬語使わなくていいよ』と言ってくれてたんですけど『すいません、無理です』ってずっと言ってたような高校生でした」

敬語を使い続けていた理由は「そのほうが楽かもしれない」というものだったそうです。敬語を貫くうちに、いつのまにか同級生のほうが慣れてくれたといいます。

部活仲間の親友と2人でいるとき以外は、ほとんど声を聞かれることがなかったという高校生活。ネタの中で見せる独特の世界観とは、少し違った一面です。

高校生で芸人を目指していた

静かな高校生だった誠さんですが、心の中ではすでに芸人を目指していました。

芸人を意識したのは中学2年のころで、友達と将来の夢を話すうちに「芸人になりたいな」と思うようになったそうです。高校2年のころには、養成所について調べていたといいます。

ただ、その思いは誰にも言わず、自分の中にしまっていました。高校生のころから自分でネタも書いていたそうですが、「いま読み返すと全然おもしろくないです」と苦笑いしています。

TOKIONのインタビューでは、両親に「高校を卒業したらNSCに入りたい」と伝えたと話しています。勉強が苦手で、兄のような進路は難しいと感じていたことも、芸人の道を選ぶ後押しになったようです。

親に芸人になりたいと伝えたのは、高校の終わりごろの進路相談の時期でした。最初は「もう一回考え直しなさい」と言われたそうです。

ヨネダ2000誠の高校卒業後|NSCと理容師のダブルスクール

  • 条件は「理容師免許を取ること」
  • NSCと理容専門学校のダブルスクール
  • 理容師免許を持つ芸人に
  • NSCで出会った相方・愛
  • ヨネダ2000誠の高校まとめ

ここからは、高校卒業後に芸人の道へ進んだ誠さんの歩みを見ていきます。

条件は「理容師免許を取ること」

一度は反対された芸人の道ですが、もう一度話し合った結果、両親は条件付きで認めてくれました。

その条件が、理容師免許を取ることです。誠さんの実家は理容室で、父が店を営んでいます。

「最初は『もう一回考え直しなさい』と言われました。でも、もう一回話したら『理容師免許を取るならいいよ』って。お父さんが理容室をやっているので、手に職をつければ安心だろうと」

テレビ朝日のウェブサイト「logirl」のインタビューで、誠さんはこう振り返っています。芸人がうまくいかなかったときのために、手に職をつけてほしいという親心でした。

NSCと理容専門学校のダブルスクール

誠さんは高校を卒業してすぐの4月に、吉本興業の養成所NSC東京校に23期生として入学しました。

シーエイチファイルズのインタビューによると、NSCに入学した年の10月からは通信の理容専門学校にも通い始め、NSCとのダブルスクールになったそうです。

NSCの卒業公演の前後には企画ライブがたくさんありましたが、理容師の専門学校が忙しい時期と重なり、なかなか出られなかったと振り返っています。

それでも2年目ぐらいで理容師の免許を取得しました。お笑いと理容の勉強を同時にこなして、親との約束を守ったわけです。

理容師免許を持つ芸人に

現在、吉本興業の公式プロフィールでは、誠さんの特技として「散髪」「顔剃り(理容師免許取得)」が挙げられています。

今も髪は父に切ってもらっていて、ほかのお店には行ったことがないそうです。父からはずっと「伸ばせ伸ばせ」と言われていて、「また娘の頭を刈り上げるのか……」とぼやかれるのだとか。

誠さんが「ちょっと短い」「切りすぎないで」と注文をつけると、父から「うるさい、黙っとけ。俺はプロだ!」と怒られるそうです。相方の愛さんも「誠とお父さんはいつもケンカしてるイメージ」と話していて、仲の良い親子の様子が伝わってきます。

NSCで出会った相方・愛

NSCでは、大学でお笑いの腕を磨いてから入学した令和ロマンなど、年上の同期のネタから刺激を受けたといいます。

NSC在学中は、講師から女性であることや容姿をネタにしたボケを入れたほうがいいとよくアドバイスされたそうです。試行錯誤していくつかネタを作ったものの、講師からいい反応はもらえなかったといいます。誠さんは、そうした要素を意識しなくても面白いネタは作れる気がしていると語っていました。高校生のころから自分でネタを書いてきた誠さんらしい考え方です。

NSCでは女性が少なく、同期の愛さんとは最初はあまり話さなかったそうです。

コンビ名の「ヨネダ」も誠さんのアイデアです。「ウルトラマン」という表記が未来っぽくてカッコいいと感じ、同じような雰囲気のある「ヨネダ」を選んだそうです。「2000」は、誠さんのネタ帳の「ZOO」という文字が愛さんには「200」に見え、さらに物足りないと「2000」にしたといいます。

その愛さんとは2018年にコンビを組み、トリオ時代や一度の解散を経て、2020年4月にヨネダ2000として再結成しました。2021年の『THE W』で地上波デビューを果たすと、2022年と2025年には『M-1グランプリ』の決勝に進出しています。

2022年には『ダウンタウンDX』で松本人志さんたちに名前をつけてもらい、本名の清水亜真音から「誠」に改名しました。高校時代に家族で見ていたダウンタウンが、名付け親になったわけです。

浜田雅功さんの「ショートヘアにしてるし男の子っぽいから『誠』でええんちゃうん?」という一言が決め手だったそうです。短い髪は、今も理容師の父に切ってもらっています。

ヨネダ2000誠の高校まとめ

  • 誠さんは東京都世田谷区出身で、中学時代はテニス部で好成績を残した
  • 高校にはテニスのスポーツ推薦で入学した(校名は公表されていない)
  • 勉強は苦手で、賢い兄のようにはなれないと感じていた
  • 高校では同級生全員に敬語で話していた
  • 中学2年で芸人を志し、高校の終わりに両親へ打ち明けた
  • 「理容師免許を取るならいい」という条件で、卒業後すぐNSCに入学した
  • NSCと通信の理容専門学校のダブルスクールで、理容師免許を取得した

誠さんの高校時代は、テニスに打ち込み、同級生に敬語を貫いた、静かで少し不思議な日々でした。

その裏で温めていた芸人への夢を、理容師免許という約束とともに叶えたのが今の誠さんです。高校時代の静かな日々も、今の独特なネタにつながっているのかもしれません。

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