ダンビラムーチョの原田はどっち?背が高いツッコミ担当の本名と経歴

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M-1グランプリやキングオブコントの決勝で見かける、ダンビラムーチョ。

コンビ名は覚えたけれど、原田がどっちのメンバーなのか分からない。そんな方も多いのではないでしょうか。結論からいうと、原田さんは背が高いほうのツッコミ担当で、フルネームは原田フニャオさんです。

その独特な芸名には、はっきりした事情がありました。

この記事では、原田さんの本名やプロフィールから、「フニャオ」という芸名の由来までを整理します。

ダンビラムーチョの原田はどっち?本名と基本プロフィール

まずは、原田さんがどんな芸人さんなのかを見ていきます。

  • 担当と立ち位置の見分け方
  • 本名と諏訪で育った生い立ち
  • 夜間部に通った大学時代

担当と立ち位置の見分け方

ダンビラムーチョは、大原優一さんと原田フニャオさんの2人組です。

このうち原田さんは、ツッコミを担当しています。立ち位置は、客席から見て右側です。

見分け方でいちばん分かりやすいのは、身長でしょう。

芸名 原田フニャオ(はらだ ふにゃお)
本名 原田吉洋(はらだ よしひろ)
生年月日 1989年5月19日
出身地 長野県諏訪市
血液型 B型
身長・体重 178cm・72kg
担当 ツッコミ(立ち位置は向かって右)
趣味 高校野球をみる、Netflix、『北の国から』をみる
特技 弱小野球部モノマネ、ジャグリング、けん玉

原田さんの身長は178cmです。一方の大原さんは162cmですから、その差は16cmあります。

並んだときの高低差がはっきりしているので、背の高いほうが原田さん、と覚えておけば間違えることはありません。

雰囲気にも違いがあります。大原さんは顔立ちがくっきりしていてボケ担当、原田さんは柔らかい印象でツッコミ担当という組み合わせです。

このツッコミのスタイルが、また独特なんですよね。

一般的なツッコミといえば、鋭く短く切り込むイメージがあります。ところが原田さんの場合、動きも喋り方もどこか脱力していて、勢いで押し切るタイプではありません。

視聴者からも「ツッコミがふにゃふにゃした動きと喋り方」と評されているほどです。この独特な質感が、コンビの持ち味のひとつになっています。

そしてこの特徴は、実は芸名そのものにも関係しています。詳しくは後半で触れますが、「フニャオ」という名前は思いつきで付けられたものではありませんでした。

プロフィールで目を引くのが、趣味と特技の欄です。趣味には高校野球の観戦とNetflix、そして『北の国から』を見ることが挙げられています。

芸人のプロフィールで倉本聰さんのドラマが出てくるのは、なかなか渋い選択でしょう。特技のほうもジャグリングやけん玉と、地道な練習が必要なものが並んでいます。

本名と諏訪で育った生い立ち

原田さんの本名は、原田吉洋(はらだ よしひろ)さんです。

「フニャオ」というインパクトの強い芸名からすると、本名はかなり正統派な響きですよね。このギャップも含めて、芸名の効果が出ているといえます。

生まれたのは1989年5月19日。出身は長野県諏訪市です。

諏訪といえば、諏訪湖や諏訪大社で知られる土地です。御柱祭でも全国に名前が知られています。そんな自然と歴史の色濃い地域で、原田さんは育ちました。

学校もすべて地元です。諏訪市立高島小学校から諏訪市立上諏訪中学校へ進み、高校は長野県諏訪二葉高等学校に通いました。

諏訪二葉高校は、地元では歴史のある学校として知られています。もともとは高等女学校として設立された経緯を持つ、県内でも古い学校のひとつです。

注目したいのが、原田さんの野球との関わりです。

趣味には高校野球の観戦が挙げられ、特技には「弱小野球部モノマネ」が入っています。しかもこの特技は、相方の大原さんとまったく同じ内容です。

2人そろって同じネタを特技として挙げているわけですから、これは単なる趣味の一致ではないでしょう。実際、2人が出会ったのも野球がきっかけでした。

「弱小」という言葉を選んでいるあたりに、この人たちの笑いの方向性が表れている気もします。強豪校の華やかさではなく、うまくいかないチームの空気を面白がる。そこに目を付ける感覚が、のちのネタづくりにもつながっているのかもしれません。

地方都市で野球に親しみながら育った少年が、東京で芸人になる。原田さんの出発点は、そんな場所にありました。

血液型はB型、身長は178cm、体重は72kgです。芸人としては上背のあるほうで、この体格がコンビの見た目のバランスをつくっています。

特技のジャグリングとけん玉も、経歴を知ると少し違って見えてきます。

どちらも、できるようになるまで地味な反復練習が必要なものです。野球部の経験と合わせて考えると、コツコツ積み上げるタイプの人なのだろうと想像がつきます。

脱力したツッコミの印象が強いだけに、この地道さとのギャップは面白いところです。ふにゃふにゃした見た目の裏に、練習を重ねる根気がある。そういう人だからこそ、結成から10年以上かけて賞レースの決勝までたどり着けたのかもしれません。

夜間部に通った大学時代

高校卒業後、原田さんは東京の東洋大学に進学します。

学部は社会学部です。ここでひとつ、見逃せないポイントがあります。原田さんが在籍していたのは、イブニングコース、いわゆる夜間部でした。

昼間ではなく、夜に授業を受ける課程です。

夜間部を選ぶ理由は人によってさまざまですが、昼の時間を別のことに使えるという特徴があります。学費が昼間部より抑えられる点も知られています。

そして原田さんは、この大学で人生を変える出会いをすることになりました。

出会った相手が、のちに相方となる大原優一さんです。2人は同級生でした。

きっかけは、大学の野球サークルです。特技の「弱小野球部モノマネ」が2人共通である理由も、ここにつながってきます。同じサークルで一緒にボールを追いかけていた仲だったわけですね。

ちなみに大原さんは山梨県甲府市の出身で、同じ東洋大学の社会学部メディアコミュニケーション学科に在籍していました。長野と山梨、隣り合う県から出てきた2人が、東京の野球サークルで顔を合わせたことになります。

そして在学中の2010年、2人はNSC東京校の16期生として入学します。大学に通いながら、お笑いの養成所にも通うという生活です。

夜間部に在籍していたことが、この二足のわらじを可能にした面はあるでしょう。昼の時間が空いていれば、養成所のレッスンにも通いやすくなります。

養成所を経て、2人が正式にコンビを結成したのは2011年4月のことでした。

ここで考えたいのが、この選択の重さです。

大学に在籍しながら養成所に通うということは、卒業後の進路として就職ではなく芸人を見据えていたということになります。しかも2人とも地方から東京に出てきた身です。

同級生の多くが就職活動に向かうなかで、別の道を選んだわけですね。

実際、原田さんも大原さんも東洋大学を卒業しています。中退して芸人一本に絞るのではなく、学業も終えたうえでコンビを組んだことになります。

夜間部という選択が、この両立を支えた面は大きいでしょう。昼に養成所へ通い、夜に大学の授業を受ける。時間の使い方としては、かなり効率のよい組み合わせでした。

野球サークルで出会った同級生同士が、卒業を待たずに相方になる。ダンビラムーチョは、そんな大学時代の延長線上から始まったコンビです。

ダンビラムーチョ・原田の芸名「フニャオ」の由来と改名の経緯

続いて、原田さんの独特な芸名について見ていきます。

  • 改名が必要になった理由
  • 一度だけ使われた別の芸名
  • 相方との出会いと賞レースの歩み
  • ダンビラムーチョの原田についてまとめ

改名が必要になった理由

原田さんは、デビュー当初から「フニャオ」と名乗っていたわけではありません。

最初は本名から取った「原田」という表記で活動していました。芸名を変えたのは2018年のことです。

改名の理由として語られているのが、相方との名前の混同でした。

ここで2人の名字を並べてみてください。大原と原田です。

どちらにも「原」という漢字が入っていて、しかも位置が違うだけ。文字数も同じ2文字です。声に出して読んでも「おおはら」と「はらだ」で、音の並びがよく似ています。

これは確かに間違えやすいでしょう。テレビの字幕やイベントの告知で並んで表記されたとき、パッと見て区別するのは簡単ではありません。

コンビとして名前を覚えてもらうことが仕事の一部である以上、この混同は無視できない問題です。そこで、片方の名前をはっきり変えるという選択がなされました。

そして選ばれたのが「フニャオ」という言葉です。

由来については、公式に発表されているわけではありません。ただ、一挙手一投足がふにゃふにゃしているから、という理由が語られています。

前半でも触れたとおり、原田さんのツッコミは動きも喋り方も脱力した独特の質感を持っています。その特徴をそのまま名前にしてしまったということでしょう。

自分の芸風を客観的に見て、それを名前にする。なかなか思い切った判断です。

結果として、この改名は成功したといえます。「大原」と「原田」なら混同されますが、「大原」と「原田フニャオ」なら間違えようがありません。しかも一度聞いたら忘れにくい響きです。

改名のタイミングにも意味がありそうです。

2018年といえば、ダンビラムーチョがM-1グランプリで初めて準決勝に進んだ年にあたります。名前が知られ始める手前の時期です。

売れてから名前を変えると、それまでの認知が無駄になってしまいます。逆に無名のうちなら、変えるコストはほとんどありません。

準決勝に進んで手応えをつかんだタイミングで、覚えてもらいやすい名前に切り替える。そう考えると、なかなか計算された判断だったようにも見えてきます。

芸名は芸人にとって商品名のようなものです。混同されにくく、印象に残り、しかも自分の芸風を表している。「フニャオ」という3文字は、その条件をきれいに満たしていました。

一度だけ使われた別の芸名

実は原田さんの改名には、もうひとつ知られざる続きがあります。

2023年11月3日、原田さんは新たな改名を宣言しました。新しい名前は「原田ジェトゥリオ」です。

「フニャオ」からの方向転換としては、なかなか予想外でしょう。ふにゃふにゃした語感から一転して、重厚な響きになっています。

そしてこの名義は、実際に使われました。

レギュラー番組である山梨放送の『ててて!TV』に、原田ジェトゥリオとして出演したのです。

ただし、それは一度きりでした。

その後、原田さんは「原田フニャオ」に戻っています。ジェトゥリオという名前が使われたのは、テレビ出演のわずか1回だけということになりました。

改名を宣言してから戻すまでの短さを考えると、企画的な色合いの強い出来事だったのかもしれません。

とはいえ、宣言だけで終わらせずに実際の番組で使ったところが芸人らしいところです。言ったことをちゃんと一度やってみる。そのうえで元に戻す。

結果的に「フニャオ」という名前の定着ぶりが証明された形にもなりました。一度手放してみて、やはりこちらだと確認できたわけですね。

こうした経緯を経て、原田フニャオという名前は現在も使われ続けています。

この一件を並べてみると、原田さんの芸名は3つの段階を踏んできたことになります。

最初は本名由来の「原田」。次に芸風を反映させた「原田フニャオ」。そして一度だけ登場して消えた「原田ジェトゥリオ」です。

10年ほどの活動のなかで、3つの名前を使ったことになります。芸人としては珍しい部類でしょう。

ただ、どれも軸はぶれていません。「原田」という名字は一度も外していないからです。変えてきたのは、あくまでその後ろに付ける部分だけでした。

本名を土台に残しつつ、覚えてもらうための工夫を重ねてきた。名前ひとつを取っても、試行錯誤の跡が見えるわけですね。

ちなみに、この改名騒動が起きた2023年は、コンビにとって大きな年でもありました。その年の暮れには、長年届かなかった舞台にようやく立つことになります。

相方との出会いと賞レースの歩み

大学の野球サークルで出会った2人が、コンビを結成したのは2011年4月でした。

コンビ名の「ダンビラムーチョ」も、由来がはっきりしています。ゲーム『ドラゴンクエストシリーズ』に登場する、同名のモンスターから取られました。

芸人のコンビ名としては、かなり独特な選び方でしょう。ドラクエ世代らしい発想ともいえます。

結成からの歩みは、決して短距離走ではありませんでした。

M-1グランプリでは、2018年と2022年に準決勝まで進んでいます。あと一歩で決勝という位置に、2度届かなかったことになります。

2019年には第四回上方漫才協会大賞の文芸部門賞を受賞し、実力は評価されていました。それでも大きな舞台にはなかなか手が届きません。

転機が訪れたのはM-1グランプリ2023です。結成から12年目にして、ついに決勝進出を果たしました。結果は決勝8位です。

さらに翌年のキングオブコント2024でも決勝に進み、6位という成績を残しています。漫才とコント、両方の賞レースで決勝に立てる実力を示したことになります。

そして2026年のダブルインパクトでは決勝4位。着実に順位を上げてきました。

現在はレギュラー番組も持っています。山梨放送の『ててて!TV』に加え、TBSの『ラヴィット!』にも不定期で出演し、ラジオ番組も2本担当しています。

この歩みで印象的なのは、決勝進出までにかかった時間です。

2018年に準決勝、2022年にも準決勝。そして2023年にようやく決勝という順番でした。あと一歩の位置で足踏みした期間が、5年近くあったことになります。

その間に解散するコンビも珍しくありません。準決勝という位置は、実力が認められている証である一方、結果が出ていないとも言える微妙な場所です。

そこで腐らずに続けられたのは、大学時代からの関係だったことも関係しているのかもしれません。オーディションで組んだ相方ではなく、野球サークルの同級生です。芸人としての付き合いの前に、友人としての年月がありました。

漫才の賞レースで決勝に行った翌年に、コントの賞レースでも決勝に立つ。この両立ができるコンビは多くありません。

大学の野球サークルで出会い、夜間部に通いながら養成所へ通った2人が、10年以上をかけて全国区の舞台にたどり着いた。ダンビラムーチョの歩みは、そんな道のりでした。

ダンビラムーチョの原田についてまとめ

ダンビラムーチョの原田さんについて、わかっていることを整理します。

  • 原田さんはツッコミ担当で、立ち位置は向かって右。身長178cmと背が高いほうのメンバー
  • 相方の大原優一さんは162cmで、身長差は16cm
  • 本名は原田吉洋(はらだ よしひろ)さん、1989年5月19日生まれ
  • 出身は長野県諏訪市で、高島小学校・上諏訪中学校・諏訪二葉高等学校と地元の学校に通った
  • 東洋大学社会学部のイブニングコース(夜間部)を卒業している
  • 相方とは東洋大学の野球サークルで出会った同級生で、2010年にNSC東京校16期生として入学した
  • コンビ結成は2011年4月。コンビ名は『ドラゴンクエストシリーズ』のモンスターが由来
  • 2018年に「原田」から「原田フニャオ」へ改名。相方と名前を間違えられやすかったことが理由とされる
  • 「フニャオ」の由来は公式発表がなく、一挙手一投足がふにゃふにゃしているためと語られている
  • 2023年11月に「原田ジェトゥリオ」への改名を宣言し、番組に一度だけその名義で出演したが元に戻した
  • M-1グランプリ2023で決勝8位、キングオブコント2024で決勝6位、ダブルインパクト2026で決勝4位

名前を間違えられないために付けた芸名が、いまではコンビの個性そのものになりました。

一度は別の名前に変えようとして、結局戻ってきたところも含めて、「フニャオ」という響きは原田さんによく似合っています。

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