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山根太郎さんは、30代に入ったばかりで上場企業の社長になった人です。
ところが就任した年の暮れまでに、社員の4割が会社を去っています。
プロテニス選手を目指していた学生、伊藤忠商事の商社マンという道のりも、住宅設備メーカーの2代目としてはかなり異色です。
この記事では、テニスに明け暮れた学生時代から、社名を「ミラタップ」に変えるまでの歩みを順にたどります。
目次
山根太郎の経歴|テニスに賭けた学生時代と伊藤忠商事の6年
まずは、社長になる前の山根太郎さんを見ていきましょう。
- プロフィールと基本データ
- 関西学院一貫の学歴と留学
- 中学3年で始めたテニス漬け
- プロを諦めた20分の完敗
- 伊藤忠商事と上海駐在の2年
プロフィールと基本データ
山根太郎さんは1983年生まれ。株式会社ミラタップの代表取締役社長です。
ミラタップは、キッチンや洗面台、タイル、フローリングといった住宅設備・建築資材をインターネットで販売している東証グロース上場企業です。設立は1979年8月22日、本社は大阪市北区大深町のグラングリーン大阪南館ゲートタワー13階にあります。
先に、経歴の全体像を一覧にしておきます。
| 生まれ | 1983年 |
| 出身地 | 奈良県奈良市(兵庫県と紹介する資料もあり) |
| 学歴 | 関西学院中学部・高等部 → 関西学院大学経済学部卒 |
| 留学 | イタリア・フィレンツェ大学へ交換留学(2005〜2006年) |
| 競技歴 | 中学3年からテニス。大学時代はミズノとテスター契約 |
| 最初の就職 | 2008年 伊藤忠商事 繊維カンパニー(2010年から2年間 上海駐在) |
| 社長就任 | 2014年6月 サンワカンパニー代表取締役社長(当時の東証マザーズ最年少) |
| 現職 | 株式会社ミラタップ 代表取締役社長 |
| 著書 | 『アトツギが日本を救う』『miratap 業界のタブーへの挑戦』 |
出身地について、ひとつ補足があります。幻冬舎plusの著者紹介、ビジネスメディアFastGrow、Uniposのインタビュー、SUUMOジャーナルの記事はいずれも「奈良県奈良市生まれ」と書いています。一方で、2025年に出た著書のプレスリリース(ダイヤモンド社)では「兵庫県」と紹介されました。
どちらかが誤りだと断定できる材料は公開されていません。この記事では、記載数の多い奈良県奈良市を基本としつつ、兵庫県表記もある点を併記しておきます。
もうひとつ、検索するときに引っかかりやすい落とし穴があります。「山根太郎」という名前の経営者は、実はもう一人います。
東京都渋谷区に本社を置くアクセルユニバース株式会社の代表取締役も、同姓同名の山根太郎さんです。
2012年設立で、AIや機械学習のシステム開発を手がける会社です。サジェストに「山根太郎 アクセルユニバース」「山根太郎 渋谷」が出てくるのは、この方のことを指しています。
住宅設備のミラタップと、AI開発のアクセルユニバース。まったく別の人物なので、経歴を調べるときは会社名まで確認したほうが確実です。
関西学院一貫の学歴と留学
山根太郎さんの学歴は、関西学院で一本につながっています。
関西学院中学部、関西学院高等部を経て、関西学院大学経済学部を卒業しました。中学から大学まで同じ学院で過ごした形です。
「山根太郎 大学」「山根太郎 学歴」で検索されることが多いのは、30代に入ったばかりで上場企業のトップに立った経歴とセットで、どんな教育を受けた人なのかが気になるからでしょう。ただ、経営学やデザインを専門に学んだわけではなく、経済学部の出身です。
学生時代でもうひとつ大きいのが、イタリアへの留学経験です。
2005年から2006年にかけて、交換留学生としてフィレンツェ大学に在籍しています。テニスでプロを目指す道が閉ざされた直後、就職までの期間に飛び込んだ形でした。
このイタリア滞在は、後の仕事とまったく無関係ではありません。ミラタップは2016年から世界最大級の家具見本市「ミラノサローネ国際家具見本市」に出展し、2018年にはアワードを受賞しています。若いころに現地で暮らした経験を持つ社長が、同じ国の見本市で会社の名前を上げたことになります。
もっとも、留学当時にそこまで見通していたわけではないでしょう。フィレンツェでも週に4〜5回はテニスコートに立ち、自己ベストの成績を出していたと語っています。
中学3年で始めたテニス漬け
意外なことに、山根太郎さんがテニスを始めたのは中学3年のときです。
幼いころに川崎病を患い、運動に制限がかかっていたことが背景にありました。同年代の選手より何年も遅いスタートです。
そこからの詰め方が普通ではありません。高校時代は朝5時に起きて毎日トレーニングを積み、「人が嫌がるようなトレーニングも苦ではなかった」と振り返っています。
成果も出ました。高校3年のときにはフロリダで開かれた国際大会で準決勝まで進出しています。
大学に入るとミズノとテスター契約を結び、セミプロとして海外を転戦するようになりました。学業と競技を並行させながら、プロの世界を本気で狙っていた時期です。
会社を継いだ後も、テニスとの縁は切れていません。「テニスばっかりしてるように言われる事もあるけど、息子の練習に付き合う以外殆どやってない」と本人がSNSで書いているように、いまは競技者というより息子さんの練習相手という立場のようです。
経営者になってからのスポーツについては、こう語っています。煮詰まった状況ではクリエイティブな発想は出てこない。体を動かすことで新しい考えが浮かぶし、立場を超えて本音で話せる相手ができる、と。
遅いスタートで結果を出した経験は、後の経営にも通じるものがあります。
プロを諦めた20分の完敗
転機は大学3年のときに訪れました。
世界ランキング500位の選手と対戦し、0対6、0対6という結果で敗れます。
試合時間はわずか20分ほどでした。
インタビューでは、まだ若手だったころの錦織圭さんとも対戦した経験があると語っています。日本のトップに立つ選手と同じコートに立てる位置まで来ていたわけです。
それでも、世界の壁との距離ははっきりしていました。山根太郎さんはこの敗戦を境に、プロを目指す道をきっぱりと諦めます。
ずるずると続けなかったところが、この人らしい判断でした。中学3年から6年ほど、生活のほとんどをテニスに注ぎ込んできたにもかかわらず、区切りをつけて次に進んでいます。
もっとも、テニスそのものをやめたわけではありません。前述のとおり、フィレンツェ留学中も週に4〜5回はコートに立ち続けていました。プロにはならないと決めた後も、競技として楽しむ関係は残しています。
一度だけ触れておくと、この「諦める判断の速さ」は後の経営でも顔を出します。社名を変えるとき、山根太郎さんは「愛着とはサンクコストである」と言い切りました。過去に費やしたものを惜しんで前に進めなくなる状態を、この人は徹底的に嫌います。
20分で終わった試合は、その原型だったのかもしれません。
伊藤忠商事と上海駐在の2年
2008年、山根太郎さんは伊藤忠商事の繊維カンパニーに入社します。
父親が経営する会社にすぐ入るのではなく、まったく別の業界の総合商社を選んだ形です。
入社1年目から動きは早く、物流経費の削減プロジェクトを手がけて評価されます。この実績が効いて、同期のなかで最も早く海外駐在が決まりました。
2010年から2年間、上海に駐在します。中国市場で繊維の商売を回した経験は、後にミラタップが台湾・中国・ベトナム・韓国へ販売代理店網を広げていく土台になりました。
駐在中は順風満帆というわけでもありませんでした。直属の上司との関係がこじれ、半年間ほとんど口をきかない状態が続いたと明かしています。若手が組織のなかで消耗する、よくある話です。
ただ、山根太郎さんはその状況を黙って受け入れませんでした。社内で問題を提起し、最終的に上司の交代という結果を引き出しています。
商社での6年間は、住宅設備とは直接つながりません。それでも、仕入れの構造を読む力と、海外で交渉する胆力はここで身につきました。2代目として戻ったとき、この経験がそのまま武器になります。
山根太郎の経歴を変えた社長就任|4割退社を乗り越えた大改革
ここからは、会社を継いでからの歩みを見ていきます。
- 父の急逝と2代目としての決断
- 就任直後に社員の4割が退社
- ワンプライスで挑む業界の壁
- 社名をミラタップに変えた理由
- 著書とカンブリア宮殿への出演
- 山根太郎の経歴についてまとめ
- この記事の情報源
父の急逝と2代目としての決断
ミラタップの創業者は、山根太郎さんの父である山根幸治さんです。
創業は1979年8月22日。大阪市内のマンション1室を借り、個人事業として始めました。当初の社名は「株式会社三輪」で、これは曹洞宗の住職が「三本の脚が最小で最大の効果をもたらす」という鼎の教えにちなんで名づけたものです。
会社の転機は2000年3月でした。過剰在庫の処分をきっかけにインターネット通販を始めたところ、これが「建材のネット販売」という新しいビジネスモデルとして定着します。2008年には社名をサンワカンパニーに変更し、2013年9月には東京証券取引所マザーズへの上場を果たしました。
山根太郎さんが「会社を継いでほしい」と父から言われたのは、2012年、その父が亡くなるときのことでした。
それまで一度も言われたことがなかったといいます。
同時に、条件も告げられました。「5年間で責務を果たしてから戻ってこい」。伊藤忠での仕事をきちんと終わらせてから来い、という意味です。
その5年を待たずに事態が動きます。2013年の年末、社員の代表から一通の手紙が届きました。そこには「戻ってくる会社が無くなってしまいます」と書かれていたといいます。
山根太郎さんは方針を変えました。2014年4月、商品部長としてサンワカンパニーに入社。わずか2か月後の同年6月に、代表取締役社長へ就任します。当時の東証マザーズでは最年少の社長でした。
就任直後に社員の4割が退社
社長就任からの半年が、この人の経歴で最も知られている場面です。
就任時、サンワカンパニーの社員は56名でした。
ところが、その年の暮れまでに約4割が会社を去ります。
理由ははっきりしています。山根太郎さんが掲げた方針に納得できなかったからです。
新社長が示したのは「2027年までに売上1000億円、営業利益100億円」という数字でした。売上50億円規模の会社が20倍を目指すと言い出したわけで、ついていけないと判断した人が自ら辞めていった形です。
山根太郎さんはこの事態を、事業承継につきものの通過点として捉えています。事業承継を成功させるには、会社を自分の組織につくり変える大きな変革が必要だ、という考え方です。
その後の数字を並べると、変化の大きさが分かります。2019年には社員数が約150名まで増え、さらに300名規模まで拡大しました。ただし、引き継いだ当初から残っているメンバーは6〜7名ほどしかいません。
組織のかたちについても、はっきりした方針があります。目指すのは「フラットな議論ができるピラミッド型組織」。上から下への一方通行ではなく、各階層に主体性と裁量を持たせる設計です。
評価にはROIC(投下資本利益率)を経営指標として取り入れ、定量的なKPIと定性的な貢献度を組み合わせています。個人の成果が優れていても、組織全体の生産性を下げる人材は評価しない、というのが基本姿勢です。
もうひとつ、この人の経営を語るうえで欠かせない言葉があります。成功の秘訣を聞かれたときの答えです。
自分より優秀な人をチームに引き入れること。COOを採用したことで、その人が社内を見る顕微鏡になり、自分は外を見る望遠鏡に集中できた、と説明しています。
ワンプライスで挑む業界の壁
山根太郎さんが率いるミラタップのビジネスモデルは、住宅業界ではかなり変わった位置にあります。
同じ工場から直接仕入れ、中間流通を挟まない。
そのうえで、工務店に売る価格と施主に売る価格を同じにする「ワンプライス」を貫いています。
住宅設備は、伝統的に業者ごとの掛け率で値段が変わる世界でした。施主から見れば、何がいくらなのか分からない。ミラタップはそこに定価を持ち込み、個人が直接ネットで買えるようにしました。
この仕組みが「施主支給」という考え方を業界に広げます。家を建てるとき、設備だけは自分で選んで買い、工事は工務店に頼む。いまでは珍しくないやり方ですが、それを常識にした側にこの会社がいます。
実物を確かめたい人のために、ショールームも各地に増やしてきました。2004年の名古屋を皮切りに、大阪、東京、福岡、仙台と広げ、2011年にはシンガポール、2016年には台北にも進出しています。近年は札幌にスマートショールームを開設し、業界初とされる「アバター接客」にも取り組みました。
デザイン面での評価も上がっています。2016年にミラノサローネ国際家具見本市へ初出展し、2018年4月には最も優れた出展企業に贈られる「ミラノサローネ・アワード」を受賞しました。日本企業として、またアジア企業として初めての受賞です。
数字にもはっきり表れています。山根太郎さんが就任した2014年当時の売上高は約50億円。2024年9月期には161億円まで伸び、10年でおよそ3倍の規模になりました。
社名をミラタップに変えた理由
2024年10月1日、サンワカンパニーは社名を「ミラタップ」に変更しました。
40年以上使ってきた名前を捨てる判断です。山根太郎さんは、その理由を3つ挙げています。
ひとつめは認知の問題でした。「サンワ」という社名は同名・類似の企業が多く、住宅設備の会社だと伝わりにくい。加えて、海外に出るときに商標登録の障害になる可能性がありました。
ふたつめはロゴの効率です。「SANWA COMPANY」は15文字と長く、競合と比べて目に留まりにくい。同じ広告費をかけても、覚えてもらえる量が違うという判断でした。競合の大手が4〜5文字の社名であることを、視認性の目標に置いています。
みっつめが、いちばんこの人らしい理由です。
「愛着とはサンクコストである」と述べ、勝てる名前で世界を変えたいという姿勢を示しました。
新しい社名には「未来(mirai)をタップ(tap)する」という意味が込められました。画面をタップして買うというネット販売の特性と、常に最先端に取り組むという方針の両方を表しています。タップひとつで空間に関わるすべてのモノとサービスを届けたい、という説明もしています。
経営計画も明確です。3年ごとに「構造変革期」「成長加速期」「飛躍期」と区切り、営業利益100億円という目標から逆算しています。限界利益率が35%程度であることから、そこに届くには売上高400億円規模が必要という計算です。
そのために、千葉・埼玉・北陸といった空白地帯へのショールーム出店を進め、M&Aの活用も視野に入れています。海外はアジアとアメリカが軸です。
著書とカンブリア宮殿への出演
山根太郎さんは、2冊の本を出しています。
1冊目が『アトツギが日本を救う 事業承継は最高のベンチャーだ』(幻冬舎)。2018年10月10日の刊行で、価格は1,386円です。継ぐことを守りではなく攻めとして捉えた、タイトルどおりの内容になっています。
2冊目が『miratap 業界のタブーへの挑戦』(ダイヤモンド社)。2025年12月20日の発売で、価格は1,760円(税込)です。住宅業界の価格の不透明さと、施主が選べない状況にワンプライスで挑んできた軌跡がまとめられています。「家づくりのストレスをゼロにする」という同社の目標が軸になっています。
テレビにも登場しました。テレビ東京『カンブリア宮殿』に出演し、放送は9月10日(木)夜11時06分からです。「業界の常識を打ち破る」というテーマで、就任直後に社員の4割が辞めたところからの立て直しが取り上げられます。
住まいそのものへのこだわりも徹底しています。2019年にはSUUMOジャーナルの取材で自邸を公開しました。設計に2年をかけ、中庭を囲むコの字型に、5.6メートルの吹抜けでリビング・ダイニング・キッチンをつなぐという住宅です。床や壁、そしてキッチンには自社商材がふんだんに使われ、キッチンは自社製の「エレバート EX」を採用しています。
自分の会社の商品で家を一軒建てる。売る側として、これ以上分かりやすい説得材料はありません。
新しい取り組みにも積極的です。決算説明動画のナレーションを「AI山根太郎」に任せたことをSNSで公表し、過去のインタビュー動画から声とイントネーションを学習させた結果、声も話し方も自分そのものになったと書いています。上場企業の社長が自分のAIクローンで説明資料を作るというのは、なかなか見ない光景です。
山根太郎の経歴についてまとめ
最後に、この記事で確認できたことを整理します。
- 山根太郎さんは1983年生まれ。奈良県奈良市生まれと紹介されることが多いが、兵庫県と書かれた資料もある
- 関西学院中学部、高等部、関西学院大学経済学部を卒業し、2005年からイタリア・フィレンツェ大学に交換留学
- 幼少期の川崎病による運動制限を経て、中学3年からテニスを開始。高校3年でフロリダの国際大会準決勝進出
- 大学ではミズノとテスター契約を結びセミプロとして活動したが、世界ランク500位の選手に20分で完敗しプロを断念
- 2008年に伊藤忠商事の繊維カンパニーへ入社。1年目の実績で同期最速の海外駐在を決め、2010年から2年間上海に駐在
- 創業者は父の山根幸治さん。1979年にマンション1室で創業し、2000年にネット通販へ、2013年9月に東証マザーズ上場
- 2012年に父が他界する際に承継を託され、2013年末の社員からの手紙を受けて帰任を決断
- 2014年4月に商品部長として入社し、同年6月に代表取締役社長へ就任。当時の東証マザーズ最年少社長だった
- 就任時56名の社員のうち約4割が同年中に退社。引き継ぎ当初からの在籍者は6〜7名にとどまる
- 工務店にも施主にも同一価格の「ワンプライス」で施主支給を業界に定着させ、2018年にミラノサローネ・アワードをアジア企業として初受賞
- 売上高は就任時の約50億円から2024年9月期に161億円へ拡大
- 2024年10月1日に社名をサンワカンパニーからミラタップへ変更
- 著書は『アトツギが日本を救う』と『miratap 業界のタブーへの挑戦』の2冊
こうして並べると、山根太郎さんの経歴には一貫した性格が見えてきます。
遅く始めたテニスで結果を出し、届かないと分かった瞬間に手を離す。商社で成果を出し、呼ばれたら5年の約束を待たずに戻る。40年使った社名も、勝てないと判断すれば捨てる。
守ることより、勝てる形に組み替えることを選び続けてきた人です。就任直後に社員の4割が去ったのも、その性格の裏返しだったのでしょう。
この記事の情報源
- 株式会社ミラタップ|会社概要
- サンワカンパニー40周年記念サイト|沿革
- ミラタップ オフィシャルブログ|サンワカンパニーからミラタップへ。2024年の展望を山根社長に聞きました!
- PR TIMES|ミラタップ代表取締役社長・山根太郎が著書を出版『miratap 業界のタブーへの挑戦』
- 幻冬舎plus|山根太郎 著者ページ
- 経営ノート(WizBiz)|株式会社サンワカンパニー 代表取締役社長 山根太郎氏 インタビュー
- UNITE powered by Unipos|組織はトップが引き上げるもの。快進撃を続けるミラタップの経営・組織哲学
- スポーツワン|第1回 Executive Athlete Talk Live
- SUUMOジャーナル|サンワカンパニー社長の自邸を初公開!
- テレビ東京|カンブリア宮殿

