奥野壮の実家は大阪!母子家庭で育った3人兄弟と芸能界入りを勧めた父のエピソード

奥野壮の実家は大阪!母子家庭で育った3人兄弟と芸能界入りを勧めた父のエピソード

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『仮面ライダージオウ』の主人公・常磐ソウゴ役でデビューし、ドラマや映画で活躍の場を広げている俳優の奥野壮さん。2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』では明治天皇役も決まり、どんな家庭で育ったのか、実家はどこなのか気になった方も多いのではないでしょうか。

奥野壮さんの実家は大阪府にあり、本人は母子家庭で兄・弟との3人兄弟として育ったことを明かしています。

母は仕事をしながら女手一つで3人を育て、食事は兄弟で回していたそうです。芸能界に入るきっかけをつくったのは父親の一言で、上京後は兄と一緒に暮らしていることも話しています。

この記事では、奥野壮さんの実家と、母・父・兄弟とのエピソードを、本人の言葉や報道をもとに整理します。

奥野壮の実家は大阪|母子家庭で育った3人兄弟

  • 実家は大阪府
  • 母子家庭で育った
  • 食事は兄弟で回していた
  • 社会人の兄と大学生の弟
  • 中学2年でチョコを43個

まずは、実家の場所と、奥野さんが育った家庭の様子を見ていきます。

実家は大阪府

奥野壮さんは2000年8月21日生まれ、大阪府出身の俳優です。オスカープロモーションに所属し、2018年に『仮面ライダージオウ』の主演でデビューしました。

実家と家族について分かっていることを、先に一覧にしておきます。

実家 大阪府(詳しい場所は非公表)
家庭 母子家庭(本人談)
兄弟 兄・本人・弟の3人兄弟
母 仕事をしながら女手一つで3人を育てた
父 ジュノン・スーパーボーイ・コンテストへの応募を勧めた
今の暮らし 兄と同居している(2024年の発言)

奥野さんの出身地は、プロフィールや出版社の紹介で「大阪府」とされています。ネット上には実家の市町村名まで挙げる記事もありますが、本人や事務所が明かした情報は見当たりません。

この記事では、実家は大阪府にあり、詳しい場所は公表されていないものとして扱います。家族はいずれも一般の方なので、名前や職業などにも触れません。

母子家庭で育った

奥野さんは、自身の家庭について率直に語っています。2021年3月、ドラマ『主夫メゾン』の取材を受けたマイナビニュースのインタビューで、母親のすごさを感じたかと聞かれ、「僕は母子家庭なんです」と明かしました。

続けて「女手一つで3人兄弟を育ててくれたすごさは感じていますが、母はすごく仕事をしていたので、いわゆる主婦のみなさんのようなすごさとはまた違うと思います」と話しています。

仕事に励みながら3人の息子を育て上げた母への感謝が、言葉の端々から伝わってきます。母子家庭になった時期や事情については語られていないため、この記事でも触れません。

食事は兄弟で回していた

母が忙しく働いていたため、家のことは兄弟で協力してこなしていたそうです。同じインタビューで奥野さんは「食事とかも僕たち兄弟で回してやってました」と話しています。

子どもの頃から料理などの家事を分担していたことになります。兄弟で支え合いながら、実家での暮らしを回していたのです。

ただ、家事が得意かどうかについては「できることはできるんです。でも、(小さな声で)めんどくさいんです。やりたくないんです(苦笑)」と本音を漏らしています。素直な人柄が伝わる、奥野さんらしいエピソードです。

社会人の兄と大学生の弟

奥野さんは、兄と弟がいる3人兄弟の真ん中です。2021年6月の週刊女性PRIMEのインタビューでは、当時の兄弟について「社会人の兄、大学生の弟がいる」と紹介されています。

兄と弟はいずれも芸能活動はしていない一般の方とみられ、名前や顔は公表されていません。インタビューで語られる兄弟の話からは、仲の良い3人の姿が浮かびます。

同じインタビューで奥野さんは、兄と弟について「兄、弟は”バレエ”でもバレーボールをしていました!」と話しています。奥野さんがクラシックバレエに打ち込んでいた一方で、兄と弟はバレーボールをしていたそうで、兄弟でそれぞれ違う道に打ち込んでいたことが分かります。

中学2年でチョコを43個

兄弟のモテ具合についても、ユーモアたっぷりに語っています。週刊女性PRIMEのインタビューで「地元で評判のイケメン兄弟としてモテたのでは?」と聞かれた奥野さんは、「ダントツに僕です(笑)」と即答しました。

そのうえで「中学2年のときバレンタインデーにチョコレートを43個もらいました。兄、弟は2、3個」と明かしています。

ただし「中3は受験があり、高校生になったらあまりしゃべらない人になっちゃったので、輝かしい歴史はそのときだけ(笑)」とも話しており、自虐を交えて笑いに変えるところに、兄弟の仲の良さがうかがえます。

奥野壮の実家の家族|父・母・兄とのエピソード

  • 母の影響で始めたバレエ
  • 父の一言でジュノンへ
  • お小遣いは貯金と分けて管理
  • 上京後は兄と同居
  • ひらかたパークで地元に凱旋
  • 奥野壮の実家まとめ

ここからは、両親や兄とのエピソードと、実家のある大阪とのつながりを見ていきます。

母の影響で始めたバレエ

奥野さんは、幼い頃からクラシックバレエを習っていました。週刊女性PRIMEの記事によると、バレエは母親の影響で始め、11年間続けたそうです。

バレエダンサーを目指していた時期もありましたが、高校1年生のときにやめています。その理由のひとつとして、奥野さんは「僕の身長(170センチ)では舞台では目立たないし、関節も硬い」と話しています。

2021年の日刊ゲンダイの取材では「10代で11年続けたバレエをやめたからこそ今の仕事に出合えた」と振り返っています。母の影響で始めたバレエが、結果的に俳優への道につながっていきました。2022年のインタビューでは、高校時代に熱中していたことを聞かれて「僕は、クラシックバレエです」と答えており、バレエは今も大切な思い出のようです。

父の一言でジュノンへ

芸能界に入るきっかけをつくったのは父親でした。2018年のライブドアニュースのインタビューで、奥野さんは応募の理由について次のように話しています。

「バレエをやめることになって、『することがなくなったから、新しく何かをしたいな。そういえば芸能に興味があるな』と親と話していたら、父親が『じゃあジュノンを受けてこい』と」。こうして2017年の第30回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに挑戦し、フォトジェニック賞と明色美顔ボーイ賞を受賞しました。

父の何気ない一言が、仮面ライダーの主演へとつながる大きな転機になったのです。2021年のインタビューでは「父親と一緒にラウンドしたいのでゴルフにも挑戦したいです」とも話しており、今も父との関係を大切にしている様子がうかがえます。

お小遣いは貯金と分けて管理

実家でのお金の使い方についてのエピソードもあります。2025年1月の週刊女性PRIMEのインタビューで、奥野さんは子どもの頃のお小遣いについて振り返っています。

「親に、すぐ使ってもいい分と貯金する分でわけられていました。すぐに使っていい分は、漫画とかゲームとかを買っていました」と話しました。

使う分と貯める分をきちんと分けるという、しっかりした金銭感覚を親から教わっていたことが分かります。忙しく働きながらも、子どもたちの生活をきちんと見守っていた家庭の様子が伝わってきます。

上京後は兄と同居

2018年に仮面ライダーの撮影のため上京した当初、奥野さんは一人暮らしをしていました。当時のインタビューでは「といっても何もすることがなくて…洗濯や自炊をたまにするくらいですね」と話しています。

その後、兄と一緒に暮らすようになったようです。2024年8月のぴあ映画のインタビューでは、スキンケアの話題で「お兄ちゃんはわりとちゃんとやっているんですよね。一緒に住んでいるのでお兄ちゃんのものを勝手に使っています(笑)」と明かしました。

同じインタビューでは、ドラマの役作りで美容部員の練習をした際に「僕は自宅で兄を相手に練習しました」とも話しています。実家を離れた今も、兄弟の仲の良さは変わっていないようです。

子どもの頃に食事を兄弟で回していた経験もあってか、大人になってからも自然に支え合える関係が続いているのでしょう。仕事で忙しい奥野さんにとって、身近に兄がいることは心強い存在になっているはずです。

ひらかたパークで地元に凱旋

奥野さんは、大阪の実家のある地元とのつながりも大切にしています。2023年7月には、大阪府枚方市の遊園地「ひらかたパーク」で開かれた「仮面ライダー展」のスペシャルアンバサダーを務めました。

イベントでは「大阪出身の『仮面ライダー』出演者はたくさんいらっしゃいますし…」と話し、地元・大阪への凱旋を喜んでいます。

2026年にはドラマ『スピナーベイト』や『今夜もシリアルキラーと待ち合わせ』、映画『ミステリー・アリーナ』に出演し、2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』では明治天皇を演じることが決まっています。大阪の実家の家族も、活躍を見守っていることでしょう。

奥野壮の実家まとめ

奥野壮さんの実家について、分かっていることをまとめます。

  • 奥野壮さんの実家は大阪府にあり、詳しい場所は公表されていない
  • 本人の言葉で「母子家庭」で、母が仕事をしながら女手一つで3人兄弟を育てた
  • 子どもの頃は、食事を兄弟で回していた
  • 兄・本人・弟の3人兄弟で、兄と弟はバレーボールをしていた
  • 母の影響でクラシックバレエを11年続け、高校1年でやめた
  • 父の「じゃあジュノンを受けてこい」がきっかけで芸能界へ
  • お小遣いは「すぐ使ってもいい分と貯金する分」に分けられていた
  • 上京後は兄と同居している(2024年の発言)
  • 2023年にはひらかたパークの仮面ライダー展で地元・大阪に凱旋した

母の支えと父の後押し、そして兄弟との助け合いの中で育った奥野さん。大阪の実家で育まれた家族の絆が、今の活躍を支えているのかもしれません。

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