松井玲奈の父親の職業は非公表!映画好きの父に贈ったホームシアターと親子のエピソード

松井玲奈の父親の職業は非公表!映画好きの父に贈ったホームシアターと親子のエピソード

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SKE48の元メンバーで、俳優・作家として歩んできた松井玲奈さん。朝ドラ『まんぷく』『エール』などに出演し、小説やエッセイも刊行してきた松井さんの父親はどんな人なのか、気になる方も多いのではないでしょうか。

松井玲奈さんの父親は一般の方で職業は公表されていませんが、映画好きで、早くからインターネットを教えてくれた人だと松井さん本人が語っています。

体調を崩すと豊橋から車で駆けつけてくれたり、帰省した際に一緒にかき氷を食べに行ったりと、親子の仲の良さが伝わる話もいくつも残っています。

この記事では、松井玲奈さんの父親について、本人の言葉や報道で確認できた範囲で整理します。

松井玲奈の父親はどんな人?職業は非公表で映画好き

  • 父親の基本情報と家族構成
  • 職業は公表されていない
  • ネットの世界を教えた父
  • 毎週のレンタルビデオと本屋

まずは、父親について分かっていることの全体像と、松井さんが語った子供の頃の思い出を見ていきます。

父親の基本情報と家族構成

松井玲奈さんは1991年7月27日生まれ、愛知県豊橋市出身です。2008年にSKE48の1期生オーディションに合格し、2015年8月にグループを卒業しました。2019年には短編集『カモフラージュ』を刊行し、作家としてもデビューしました。

地元の豊橋市からは、2016年8月に「豊橋ふるさと大使」を委嘱されました。2024年1月1日には、シンガー・ソングライターの近藤晃央さんとの結婚を自身のSNSで発表しました。

父親は芸能活動をしていない一般の方です。分かっていることを、先に一覧にしておきます。

父親 一般の方(氏名・顔写真は非公表)
職業 公表されていない(両親とも働いていた)
人柄 映画好き。毎週レンタルビデオを借りていた
娘への影響 早くからインターネットを教えた
実家 愛知県豊橋市
話に登場する家族 父・母・三つ上の兄

松井さんの話に登場する家族は、父、母、そして兄です。兄については、2024年に発表したエッセイの中で「三つ上の兄」と書いています。

このエッセイによると、小学校に上がる前、兄と二人だけで新幹線に乗って祖父母の家へ向かったことがあったそうです。子供だけでの遠出は、それが初めてでした。豊橋駅のホームでは、通過する新幹線に向かって兄と一緒に絶叫するふりをして、声をあげて笑ったとつづっています。

兄との仲の良さは、大人になってからも変わっていません。2026年に公開されたインタビューでは、兄の結婚式を題材にしたエッセイについて、書きながら「自分でも思わず声を出して笑ってしまうくらいでした」と話しました。

中学生の頃には反抗期もあったといいます。2019年のバラエティー番組では、怒って部屋の壁を殴ったら「隣のお兄ちゃんの部屋とつながってしまった」と明かし、共演者を驚かせました。

一方で、父親の名前や顔写真は、本人のSNSやインタビューでも明かされていません。ここからは、松井さん自身が語った内容をもとに、父親の人物像を見ていきます。

職業は公表されていない

父親の職業や勤務先は、松井さん本人から公表されていません。

はっきりしているのは、両親がそろって働いていたことです。2026年2月に公開されたインタビューで、松井さんは「父も母も働いていて、一緒に過ごす時間は多くありませんでした」と振り返りました。

別のインタビューでは、当時の家庭について次のように話しています。「当時は両親とも仕事で忙しくしていたので、大人になった今実家に帰ると、『子どもの時は何もしてあげられなかった……』と、突然泣き出すことがあるくらい。母は母なりに思うことがあったようです」。

続けて「確かに周りの家庭と同じではなかったけど、一生懸命子育てしてくれていたことは、今になると理解することができますね」とも語りました。「周りの家庭と同じではなかった」という言い方からも、両親の忙しさがうかがえます。それでも、言葉の端々には感謝がにじんでいます。

とはいえ、子供の頃は寂しさもあったようです。松井さんはエッセイを読み返す中で、当時の自分の気持ちを「本当は寂しかったんだな」とあらためて知ったと明かしています。

エッセイに幼少期の思い出が多くなった理由をたどると、出発点は「両親がいつも忙しくて一緒に過ごす時間が取れなかったこと」だったそうです。見てほしい、かまってほしいという気持ちが満たされたときに、幸せを感じていたのだと振り返りました。

家族の予定も、両親の仕事に合わせて決まっていました。エッセイには、長期休みになると新幹線で祖父母のもとへ向かうのがお決まりだったと書かれています。「両親の仕事に合わせて予定を決めていた我が家」は、混み合う時期に自由席へ乗り込むことが何度もあったそうです。

インターネット上には、父親は会社を経営しているといった話や、雑誌の取材で父の仕事に触れたとする紹介も見られます。しかし、どれも元になる本人の発言や誌面を確認できませんでした。

この記事では、確認できない職業の話は取り上げず、松井さんが自分の言葉で語った父親の姿をお伝えします。

ネットの世界を教えた父

父親から受けた影響として、松井さんがはっきり挙げているのがインターネットです。

2026年1月のインタビューで、どんな子供だったかを聞かれた松井さんは、多感な自分を見守ってくれた母に触れたあと、こう続けました。「父が早い段階で私にインターネットの世界を教えてくれたことで、たくさんの映像作品や音楽とも出合えました」。

父が早くにインターネットを教えてくれたことが、たくさんの作品と出合うきっかけになったのです。

家にいながらさまざまな作品に触れられる環境が、早くから整っていたことになります。

松井さんは、母の見守りと父が教えてくれたインターネットを「二本柱」と呼びました。そして「その後の私という人間を作る上で、とても重要な役割を果たしてくれたので、両親には感謝しかありません」と話しています。

松井さんといえば、アニメや漫画、鉄道と趣味の幅が広いことでも知られています。ラジオ番組では、“すごい”と感じたことを探究していくうちに趣味が広がったと紹介されました。子供の頃は兄の影響もあって、アニメや少年漫画、ゲームに親しんだとも伝えられています。

2022年2月に自身の動画チャンネルで公開した『私がオタクになった理由』では、こうした趣味を親に隠してはいなかったと振り返りました。父もアニメが好きなタイプだった、という趣旨の話もしています。初めて足を運んだライブ会場にも、親に連れていってもらったそうです。

娘の「好き」を止めるのではなく、入り口を用意して一緒に楽しむ。そんな父親の姿が浮かんできます。

松井さんは中学生の頃にテレビの音楽番組でAKB48を見て興味を持ったと紹介されています。2008年7月31日にSKE48のオープニングメンバーオーディションに合格し、2015年8月31日の卒業公演まで、2588日間をアイドルとして過ごしました。

オーディションを受けると決めたときに父がどう受け止めたのかは、記事や本人の文章では確認できませんでした。

毎週のレンタルビデオと本屋

父親の人柄がうかがえるのが、子供の頃の毎週の習慣です。

2026年3月のラジオ番組で、松井さんは家族で出かけて一番楽しかった場所として、大きな書店を挙げました。きっかけは父の習慣だったといいます。

「毎週、父がレンタルビデオを借りに行っていて、そのレンタルビデオ店の下が大きい本屋さんだったんです。本を買ってもらえる時間が、一週間の中で、1番楽しみな時間でした」。

父が毎週レンタルビデオを借りに行く時間が、松井さんにとっては本と出合う時間になっていたのです。

当時読んでいたのは、『ハリー・ポッター』のような海外のファンタジー小説や、青い鳥文庫のミステリー小説でした。小学校の高学年になると、動物保護の本を片っ端から買って読んでいたそうです。松井さんはのちに、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』でハーマイオニー役を演じました。

本を読むこと自体は、母の影響で子供の頃から大好きだったと紹介されています。芝居に興味を持ったのも、中学生の頃に母が好きな宝塚の舞台などを映像で見たことがきっかけでした。

父については、2016年のインタビューでも「映画好きのお父さん」と表現しました。毎週レンタルビデオを借りていたという話とも重なります。

映像作品が身近にある家で育った松井さんは、のちに作品の中で「娘」を演じる側になりました。2018年4月に始まったニッポン放送のラジオミニドラマ『オールナイトニッポン劇場「家族編」』では一家の娘を演じ、「パパ」役は藤井隆さんが担当しました。鴻上尚史さんが書き下ろした全6話の物語です。

短編映画『モンブラン』では、星田英利さんとダブル主演を務めました。松井さんは作品の公開決定を伝える投稿で「私は星田英利さんの娘役。心温まる作品です」と紹介しています。

本好きの母と、映像作品が好きな父。そのあいだで育った松井さんが、のちに俳優と作家の両方の道へ進んだのは、自然な流れだったのかもしれません。

松井玲奈と父親の関係|帰省や贈り物のエピソード

  • 車で駆けつけた両親と贈り物
  • ゲーム機の当選と父とのかき氷
  • 両親とドライブした動画
  • 松井玲奈の父親まとめ

ここからは、大人になってからの父親との関係が分かるエピソードを、時期の古い順に見ていきます。

車で駆けつけた両親と贈り物

SKE48を卒業した翌年の2016年、松井さんは週刊誌のインタビューで両親への思いを語りました。

この年の夏は、舞台『新・幕末純情伝』で主人公の沖田総司を演じました。公演を終えたあとに、デビュー以来8年ぶりという1週間の休みを取り、台湾へひとり旅に出かけたそうです。ひとり旅だったせいか「あらためて親のありがたみを感じています」と話しました。

続けて明かしたのが、体調を崩したときの両親の行動です。「いまも、体調が悪かったとき、私が『来てほしい』と言うと、お母さんはお父さんと車で豊橋から駆けつけてくれるんです」。

娘が体調を崩して「来てほしい」と言えば、両親そろって豊橋から車で駆けつけてくれたのです。

両親は松井さんの家に泊まり、母が手料理を作り置きしてくれたといいます。好きな母の料理として挙げたのは、きんぴらごぼうと、かぼちゃの煮つけでした。かぼちゃを煮てレモンとハチミツであえるのが「わが家のレシピ」だそうです。

子供の頃は仕事で忙しく、一緒に過ごす時間が多くなかった両親です。それでも、離れて暮らす娘に呼ばれれば夫婦で車を走らせるところに、家族の距離の近さが表れています。

同じインタビューで、松井さんは父親が喜んだ贈り物についても明かしました。「実家にホームシアターをプレゼントしたんです。映画好きのお父さんが、自宅の大きなスクリーンで私の出演映画を見るのをすごい楽しみにしてて」。

松井さんは実家にホームシアターを贈り、映画好きの父は娘の出演映画を大きなスクリーンで見るのを楽しみにしていました。

松井さんはこれを「もう一つ」の夢として語りました。「いつか、両親と一緒に自分の出た映画を見たいので、今後は女優として映画の仕事も頑張っていきたいと思います」と続けています。

一つめの夢として挙げたのは、地元・豊橋での舞台公演でした。翌年1月に『新・幕末純情伝』の豊橋公演を控えていた時期で、「幼いころからの夢だった舞台での凱旋公演となるので、両親にはぜひ見てもらいたいです」と話しています。

毎週レンタルビデオを借りていた映画好きの父に、自分の出演作を大きな画面で見てもらう。それが、松井さんにとって仕事の励みになっていたことが分かります。

ゲーム機の当選と父とのかき氷

松井さん自身のSNSやブログにも、父親が登場したことがあります。

2017年7月14日、松井さんは自身のSNSにこう投稿しました。「Nintendo switch当たった!お父さんが当ててくれた!」。

松井さんが欲しがっていたゲーム機を当ててくれたのは、父でした。

投稿は「今月中にはSplatoonできるううう!」と続き、喜びがあふれています。「当たった」「当ててくれた」という言葉から、父が抽選などに申し込んでくれたことがうかがえます。そして最後は、「親孝行しよう。ちゃんと。」という一言で締めくくられていました。

翌年の6月には、帰省した際の父とのひとときをブログにつづりました。その年の10月に放送が始まった朝ドラ『まんぷく』の撮影帰りに愛知の実家へ帰り、「昔から夏に食べに行く和菓子屋さんのお亀堂にお父さんと行ってきました」と報告したと報じられています。店内で撮った写真も公開しました。

親子で頼んだのは、かき氷でした。松井さんは黒蜜わらび餅、父はクリーム白玉宇治金時を選んだそうです。ブログにはそれぞれのかき氷の写真も載せ、父の注文には「女子っぽさよ」とひと言添えました。

本当はみたらし団子のかき氷が食べたかったものの、たれが用意できず食べられなかったといいます。それでも「黒蜜わらび餅もとてもとても美味しかったのでいいのです」と満足した様子でした。

この投稿には、ファンから「お父さんとかき氷食べに行くなんて仲が良いね」「父の日もあったし、いい親孝行ができてよかったね」といった声が寄せられたと報じられました。松井さんは以前からかき氷好きを公言していて、その前の月には仕事終わりに3杯食べたこともブログで明かしていたそうです。

「昔から夏に食べに行く」という言葉からは、この店が家族にとって夏の定番だったことが分かります。大人になってからも父と二人でかき氷を食べに行く、仲の良い親子の姿が伝わってきます。

両親とドライブした動画

両親との関係がよく分かるのが、松井さんの動画チャンネルです。

松井さんは2021年12月に地元・愛知で過ごす様子を、2022年1月には実家の部屋や地元での初詣を、それぞれ動画にして公開しました。帰省したときの地元や実家での時間を、動画として残していたことになります。

2022年3月31日に公開されたのは、『ドライブしながら親にいろいろ聞いてみたら意外な事実が発覚した』という題名の動画でした。実家に帰ったタイミングで両親と車で出かけ、あらかじめ募った質問を両親に聞いていく内容です。

話題にのぼったのは、松井さんの名前の由来や、子供の頃の印象に残っている出来事などです。芸能界に入りたいと伝えた頃の話も出てきます。

この動画では、誕生日の思い出も語られました。両親の仕事が忙しく、誕生日のケーキを用意できなかったときに、コンビニのカットケーキを買い集めてホールケーキのように仕立ててくれたという話です。

誕生日のケーキは、松井さんにとって特別なもののようです。2026年1月に刊行されたエッセイ集『ろうそくを吹き消す瞬間』には、自身のバースデーケーキを題材にした一編「ろうそくを吹き消す前に」が収められました。

松井さんはこの一編について、バースデーケーキのろうそくを吹き消す時が「私にとって一番幸せを感じる瞬間だった」ことを思い出して書いたと話しています。兄のことやバースデーケーキの話は「自分の中でもすごく印象強く残っていた」ので、細かく覚えていたそうです。

執筆にあたっては、母に「子どもの時の私って、どんな感じだった?」とメールで尋ねると、50行ほどの長い返信が届いたそうです。忙しい毎日の中でも、娘のことをしっかり見ていたことが伝わってきます。

子供の頃は一緒に過ごす時間が少なかった父と母。大人になった松井さんが実家に帰って両親とドライブし、その様子を動画に残したこと自体が、家族の関係の良さを物語っています。

松井玲奈の父親まとめ

松井玲奈さんの父親について、分かっていることをまとめます。

  • 父親は一般の方で、氏名や顔写真は公表されていない
  • 職業や勤務先も公表されておらず、会社経営などの噂は確認できなかった
  • 両親とも働いていて、子供の頃は一緒に過ごす時間が多くなかった
  • 父が早くからインターネットを教えてくれたと松井さんが語っている
  • 映画好きで、毎週レンタルビデオを借りに行っていた
  • 体調を崩すと、両親が豊橋から車で駆けつけてくれた
  • 実家にホームシアターを贈り、父は娘の出演映画を楽しみにしていた
  • ゲーム機を当ててくれたり、帰省時に一緒にかき氷を食べたりした

忙しい中でも娘の世界を広げ、離れて暮らしてからも支えてきた父親の存在が、俳優・作家として歩む松井玲奈さんの土台になっています。これからの活躍にも注目です。

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