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俳優の高良健吾さんの父親がどんな人なのか、気になって検索された方も多いのではないでしょうか。
高良健吾さんの父親は旅行会社に勤めていた転勤族で、高良健吾さんは子どものころ九州の各地を転々としています。
本人は父親について、感謝していても目を見て「ありがとう」と言えないと、照れくさい父子関係を明かしていました。
この記事では、高良健吾さんの父親と家族について、本人の言葉をもとに整理します。
目次
高良健吾の父親は?旅行会社勤務の転勤族
- 父親は旅行会社に勤めていた
- 転勤で九州を転々とした子ども時代
- 転校続きで引っ込み思案に
- 熊本で変わった中学時代
まずは、父親の仕事と、それに伴う子ども時代の暮らしから見ていきます。
父親は旅行会社に勤めていた
高良健吾さんは1987年11月12日生まれ、熊本県熊本市の出身です。2005年にドラマ『ごくせん』第2シリーズで俳優デビューし、映画『蛇にピアス』『横道世之介』やドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』など、数多くの作品に出演してきました。
| 父親の仕事 | 旅行会社に勤めていた(社名は公表されていない) |
| 子ども時代 | 父の転勤で北九州市・福岡市などを転々とした |
| 兄弟 | 2人兄弟の次男(兄は一般の方) |
| 父との関係 | 照れくさくて目を見て「ありがとう」と言えない |
| 両親の言葉 | 「何かあったとしても仕事優先で」 |
| 義父 | 歌手の田原俊彦 |
| 本人 | 2025年に第1子が誕生し、自身も父親に |
高良健吾さんは母校・九州学院の卒業生として毎日新聞のインタビューに応じた際、「父が旅行会社に勤めていて」と明かし、幼いころに北九州市へ引っ越した後も「転勤ばかり」だったと語っています。
ネット上には父親の勤め先として具体的な社名を挙げる記事もありますが、本人や事務所がそれを公表したことは確認できませんでした。この記事では、公表されていない社名や父親の名前は書かず、本人が語った範囲で紹介します。
なお、高良健吾さんは2人兄弟の次男で、兄がいます。兄も父親と同じく一般の方で、名前や職業は公表されていません。
転勤で九州を転々とした子ども時代
父親の転勤に伴い、高良健吾さんは幼いころから何度も引っ越しを経験しました。
2007年に更新したオフィシャルブログでは、「生まれは熊本でも、門司、北九州市内、福岡市内、熊本と親の転勤でいろんなとこに住んでた」とつづっています。そのため話し言葉には熊本弁と北九州弁、博多弁が混ざっていて、本人は「ハーフです」とユーモアたっぷりに表現していました。
幼いころから福岡ソフトバンクホークスのファンで、2016年には地元・熊本の藤崎台県営野球場で、ホークスのユニフォームを着て始球式を務めています。福岡で過ごした子ども時代が、今も高良健吾さんの中に残っているようです。
熊本で生まれて福岡で育ち、また熊本に戻るという父の仕事に合わせた暮らしが、高良健吾さんの子ども時代の土台になりました。
転校続きで引っ込み思案に
ただ、転校が続く生活は、子どもにとって楽なことばかりではありませんでした。
毎日新聞のインタビューでは、転勤ばかりの生活の中で「おとなしくて引っ込み思案でした」と振り返っています。小学5年の学芸会では、セリフのない銅像の役だったそうです。
オフィシャルブログでも、転入したばかりのころは授業で答えが分かっても調子に乗っていると思われないか気にしたり、バスケットボールでシュートを入れないほうがいいかと考えたりと、「変ないらん気をよく使ってた」と明かしています。
2026年8月にゲスト出演した日本テレビ系「メシドラ」でも、転校については「毎回嫌だった」と振り返りました。それでも、いろいろな環境に慣れたというより、「いろんな人いるな」と受け止めるようになったと話しています。
熊本で変わった中学時代
転機になったのは、中学2年で熊本市に戻ったときでした。
熊本市立江南中学校に転校すると、周りの友達が明るく、高良健吾さんも引っ張られるように元気になったそうです。初めて声をかけてくれた友達は今でも親友で、その友達に誘われて九州学院高校に進学しました。
高校1年のとき、熊本市のアーケード街で地元の情報誌「タウン情報クマモト」の編集者と知り合い、モデルとして誌面に出るようになります。高校2年の夏に今の事務所を紹介され、面接から2週間後には『ごくせん』のオーディションに合格しました。
本人は熊本について「僕の心のど真ん中にある大好きな町」と語っています。父の転勤で各地を回った末にたどり着いた熊本が、俳優・高良健吾の出発点になりました。
高良健吾と父親の関係|照れくさい父子と義父・田原俊彦
- 父に「ありがとう」が言えない
- 両親の言葉「仕事優先で」
- 義父は田原俊彦
- 自身も父親に
- 高良健吾の父親まとめ
ここからは、高良健吾さんと父親の関係、そして義父や自身が父親になってからの話を見ていきます。
父に「ありがとう」が言えない
高良健吾さんは、父親との関係を「照れくさい」ものだと語っています。
2012年、役所広司さんと親子を演じた映画『キツツキと雨』のインタビューで、自身の父子関係についてこう明かしました。
「僕も父に対しては照れてしまって、感謝しているのに、目を見て『ありがとう』と言えない」
劇中で演じた息子について、「父親にはたかれたときに『痛ぇな』と言うんじゃなくて、その場から去りたいタイプ。あれは僕が思う父親との接し方です。男って難しいです」とも話しています。感謝はしていても素直に言葉にできない、男同士の不器用な親子関係が伝わってきます。
2015年、映画『きみはいい子』のプレミア試写会では、共演の尾野真千子さんが実家を出るときに両親を抱きしめていると話すと、男友達とはあいさつで抱き合うという高良健吾さんは「自分も親にしてみよう」と触発された様子だったそうです。
両親の言葉「仕事優先で」
俳優として忙しい日々を送る高良健吾さんを、両親は遠くから応援しています。
2026年8月の「メシドラ」では、忙しい中でどう親と接しているかという相談に答え、「連絡は取るようにしている。連絡が来たら返すようにしているし、自分からも頻繁じゃないけど取るようにしている」と話しました。
そのうえで、両親からは「何かあったとしても仕事優先で」と言われていると明かしています。俳優の世界でよく言われる「俳優は親の死に目には会えない」という言葉にも触れ、覚悟を持って仕事に向き合っていることを語りました。息子の仕事を一番に考える両親の思いが、高良健吾さんの覚悟を支えているようです。
同じ番組では、小学1年のころから祖父母や周りの人に「昭和顔」「昭和のスターの顔」と言われていたというエピソードも披露しています。家族に見守られて育ったことがうかがえます。
義父は田原俊彦
高良健吾さんには、もう一人の「父」がいます。妻・田原可南子さんの父で、歌手の田原俊彦さんです。
高良健吾さんは2024年10月4日、田原可南子さんとの結婚を発表しました。サンケイスポーツによると、2人は数年前に共通の知人の紹介で出会い、友人関係を経て交際に発展したそうです。
2025年6月、田原俊彦さんはテレビ番組で、高良健吾さんが結婚のあいさつに来たときの様子を明かしています。
「めっちゃ緊張されてたから、俺はこんな感じでふざけてた」
緊張する高良健吾さんを、義父の田原俊彦さんがふざけて和ませたわけです。家族の前では「ほんと普通」だという田原俊彦さんの素顔も伝わるエピソードです。
妻の田原可南子さんは、父の名前を伏せて応募した2011年の「ミスマガジン」で準グランプリを受賞し、グラビアや俳優として活動してきました。結婚発表のコメントで、高良健吾さんは「彼女の明るさや、おおらかさ、人としての温かさに、これまで幾度となく救われて参りました」とつづっています。
自身も父親に
そして高良健吾さん自身も、父親になりました。
結婚発表と同時に第1子を授かったことも公表し、2025年3月19日に第1子の誕生を報告しています。性別や生まれた日は公表されていません。夫婦連名のコメントでは「楽しみながら、家族皆で支え合っていきたいと思います」とつづりました。
高良健吾さんは俳優20年目の節目に、自ら仕事を休んでいた時期があったと明かしています。仕事に戻ったきっかけは、子どもができたことでした。2024年11月のイベントでは、復帰の理由を「子供ができたから、働かなきゃ」と笑顔で語っています。
2026年の番組では、20年の節目に自ら休もうと決め、約1年半仕事を休んでいたとも明かしました。そのころ交際していた田原可南子さんとの間に子どもができたことが、復帰を決めるきっかけになったそうです。
父親になってからは、お父さん役を演じることも増えたそうです。「リアルパパだからね」と笑い、「今が芝居は一番楽しい」と話していました。父に素直に「ありがとう」と言えなかった息子が、今は自らが父として家族を支えています。
高良健吾の父親まとめ
- 高良健吾さんの父親は旅行会社に勤めていた転勤族(社名は公表されていない)
- 父の転勤で、幼いころから北九州市・福岡市などを転々とし、中学2年で熊本市に戻った
- 転校続きの子ども時代は、おとなしく引っ込み思案だった
- 父には照れくさくて、目を見て「ありがとう」と言えないと明かしている
- 両親からは「何かあったとしても仕事優先で」と言われている
- 義父は歌手の田原俊彦で、結婚のあいさつでは緊張する高良健吾さんを和ませた
- 2025年に第1子が誕生し、高良健吾さん自身も父親になった
高良健吾さんの父親は、転勤を重ねながら家族を支えてきた会社員でした。
照れくさくて言葉にできない感謝を抱えたまま、高良健吾さんは今、自分が父親として新しい家族を築いています。いつか父の目を見て「ありがとう」を伝えられる日が来るのかもしれません。

