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脱力系のギャグと穏やかな人柄で、バラエティ番組からドラマまで幅広く活躍するずんの飯尾和樹さん。テレビで見ない日はないほどの売れっ子ぶりに、年収はどのくらいなのか気になった方も多いのではないでしょうか。
飯尾和樹さんの年収は公表されておらず、ネット上で語られている金額はいずれも推定にすぎません。
一方で、本人はインタビューで、レギュラー番組やCMの本数、そして40歳手前に「所持金50円」まで追い込まれた下積み時代について率直に語っています。
この記事では、飯尾和樹さんの年収について分かっていることと、収入が少なかった時期から売れっ子になるまでの道のりを、報道と本人の言葉をもとに整理します。
目次
飯尾和樹の年収はいくら?|公表状況とブレイク後の仕事量
- 年収は公表されていない
- ネットの推定額は1億円前後
- レギュラー番組は地方局を含め7本
- 出演するCMは4社
- 俳優としての仕事も増加
まずは、年収の公表状況と、ブレイク後にどれくらい仕事が増えたのかを見ていきます。
年収は公表されていない
飯尾和樹さんは1968年12月22日生まれ、東京都出身のお笑い芸人です。浅井企画に所属し、2000年に相方のやすさんとお笑いコンビ「ずん」を結成しました。「ぺっこり45度」などのギャグで知られ、近年は俳優としても存在感を高めています。
年収について分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 年収 | 公表されていない |
| ネットの推定額 | 7,500万円〜1億円前後(根拠は示されていない) |
| レギュラー番組 | 地方局を含め7本(2020年の報道) |
| CM | 4社に出演(2020年の報道) |
| 下積み時代 | 38歳ごろ所持金50円、清掃のアルバイトも経験 |
| 転機 | 40歳前後から芸能の仕事が少しずつ増えた |
芸能人の年収は、出演料の単価や事務所との契約形態によって大きく変わります。飯尾さんの場合も、本人や所属事務所が年収の金額を明かしたことはなく、確かな数字は分かっていません。
この記事では、年収の金額は「公表されていない」ものとして扱い、本人が語った仕事の量や生活の変化から、収入の移り変わりを見ていきます。
ネットの推定額は1億円前後
ネット上では、飯尾和樹さんの年収を「7,500万円〜1億円」「約9,400万円」などと推定する記事があります。ただし、これらはテレビの出演本数に仮のギャラ単価をかけて計算したもので、実際の金額を裏づける資料は示されていません。
テレビの出演料は、番組の規模や出演時間、全国放送か地方局かによって大きく異なります。CMの契約料も公表されることはほとんどありません。
さらに、芸人の場合は出演料がそのまま本人の収入になるわけではなく、事務所との配分も関係してきます。推定額はあくまで「売れっ子として相当な収入がありそう」という目安として受け止めるのがよさそうです。
レギュラー番組は地方局を含め7本
飯尾さんの仕事量が大きく増えたことは、本人の発言からも分かります。2020年9月の「Smart FLASH」の記事では、地方局を含めテレビのレギュラー番組が7本あると紹介されています。
バラエティ番組では、穏やかな語り口と力の抜けたギャグで、どんな共演者とも空気をなじませる存在です。ひな壇やロケ、コーナー出演など役回りの幅が広く、制作側から使いやすいタレントとして重宝されています。
かつては『笑っていいとも!』のレギュラーも務めており、長く第一線で番組に呼ばれ続けていることが、安定した収入につながっていると考えられます。
出演するCMは4社
同じ記事では、出演するCMが4社あることも紹介されています。好感度の高さから企業のCMに起用されていることは、芸人としての人気の大きさを物語っています。
CMは、テレビ番組の出演料に比べて1本あたりの契約料が高いといわれる仕事です。具体的な金額は公表されていませんが、複数社のCMに出演していることが、推定年収が高く見積もられる理由のひとつになっています。
派手さはなくても安心感のあるキャラクターは、幅広い世代に向けた商品や企業のイメージにも合いやすいといえそうです。
俳優としての仕事も増加
2020年の記事では、連続ドラマへの出演もあると紹介されていました。飯尾さんはバラエティだけでなく、ドラマや映画にも活躍の場を広げています。
俳優の仕事は撮影期間が長く、バラエティとは別の収入源になります。芸人としての顔に加えて俳優としての顔を持ったことで、仕事の幅が大きく広がりました。
2023年には、娘を亡くした定食屋の店主を演じた映画『沈黙のパレード』で、第65回ブルーリボン賞の助演男優賞を受賞しました。日刊スポーツの取材には「一生、縁がないと思った。大々的な賞は初めて」と喜びを語っています。芸人が本業でありながら、作品の世界になじむ自然な芝居ができる点が、ドラマや映画の制作側から声がかかる理由になっているようです。
ただ、飯尾さんの仕事がいつも順調だったわけではありません。ここからは、収入が少なかった時期にさかのぼって見ていきます。
飯尾和樹の年収が少なかった下積み時代|所持金50円から売れっ子へ
- ずん結成までの長い道のり
- キャイ~ンのラジオに支えられた日々
- 38歳で所持金50円
- 後輩の掃除会社でアルバイト
- タモリの言葉と結婚で変わった意識
- 飯尾和樹の年収まとめ
今の活躍からは想像しにくいですが、飯尾さんには仕事が少なく、生活に困った時期がありました。
ずん結成までの長い道のり
2019年の文春オンラインのインタビューによると、飯尾さんの芸人人生は、小学校の幼なじみと組んだコンビ「チャマーず」から始まりました。このコンビは1年ほどで解散しています。
その後、村山ひとしさんと「La.おかき」を結成し、約5年活動しました。ウッチャンナンチャンの帯番組『カボスケ』のレギュラーも務めましたが、コンビは解散し、飯尾さんは2年半ほどピンで活動します。
そして2000年に、同じ事務所のやすさんと「ずん」を結成しました。飯尾さんは2人の組み合わせを「浅井企画の在庫品」と表現しており、決して華々しいスタートではなかったことがうかがえます。
キャイ~ンのラジオに支えられた日々
2020年の「Smart FLASH」の記事では、仕事がなかった時期の様子も語られています。当時残っていた仕事は、年に10日ほどの関根勤さんが座長を務める舞台と、同期のキャイ~ンのラジオ番組だけだったそうです。
ラジオについて飯尾さんは、「ギャラが出るように、“タレント兼作家”みたいな扱いにしてくれましてね」と振り返っています。週に1度会議に出席し、そのあとは食事や飲みにも連れて行ってもらい、交通費も出してもらっていたそうです。
売れない時期の飯尾さんを、仲間たちが仕事という形で支えていたことが分かるエピソードです。住まいについても、「祖母が亡くなったあとに空き家になった母の実家に、管理人代わりに住むことになりまして」と話しており、家賃の負担が少なかったことも生活を支えていました。
38歳で所持金50円
2022年11月の「Smart FLASH」の記事では、40歳手前から仕事が減っていったことが語られています。
当時を振り返り、飯尾さんは「給料日1日前に50円しかないというときがあったんですよ」と明かしました。相方のやすさんに財布の中身を見せて、「見ろよこれ、38歳の所持金じゃないだろ」と話したそうです。
テレビでの穏やかな姿からは想像しにくいほど、生活に困った時期があったことが分かります。この時期の年収は、今とは比べものにならないほど少なかったと考えられます。
後輩の掃除会社でアルバイト
仕事が減った飯尾さんは、アルバイトを始めます。「俺の家に以前居候してた元芸人のアラちゃんという後輩が、掃除会社を立ち上げたので、そこでバイトすることになったんです」と話しています。
かつて自分の家に住まわせていた後輩に、今度は自分が助けられる形になりました。後輩は浦和から品川の現場まで毎日送り迎えをしてくれ、飲み物や食事の面倒まで見てくれたそうです。
そして、アルバイトが3カ月弱ほど続いたころから、徐々に芸能の仕事が増えていったといいます。40歳前後で訪れたこの変化が、のちの売れっ子時代につながっていきました。
タモリの言葉と結婚で変わった意識
飯尾さんが芸人を続けるうえで支えになった言葉もあります。文春オンラインのインタビューでは、『笑っていいとも!』で共演したタモリさんから「自分が面白いことだけやってろ」と言われたことを明かしています。
無理に周りに合わせず、自分らしい笑いを貫く姿勢は、今の脱力系のスタイルにもつながっているようです。
また、2012年に結婚したことも、仕事への向き合い方に影響しました。AERAのインタビューでは、結婚して「“最低限の生活費を収める”という気持ちが芽生えた」と話しています。家庭を持ったことで、家族のために稼ぐという責任感が生まれたそうです。
飯尾和樹の年収まとめ
飯尾和樹さんの年収について、分かっていることをまとめます。
- 飯尾和樹さんの年収は公表されていない
- ネットでは7,500万円〜1億円前後と推定されているが、根拠は示されていない
- 2020年の報道では、地方局を含むレギュラー番組が7本、CMは4社
- バラエティに加えて、ドラマや映画など俳優の仕事も増えている
- 仕事がなかった時期は、キャイ~ンのラジオや関根勤さんの舞台に支えられた
- 38歳ごろには、給料日前に所持金が50円しかないこともあった
- 後輩の掃除会社でアルバイトを始めて3カ月弱で、芸能の仕事が増え始めた
- 結婚をきっかけに、家族のために稼ぐ責任感が芽生えた
年収の金額は分かっていませんが、所持金50円の時期から、多くのレギュラー番組やCMを抱える売れっ子になったことは確かです。苦しい時期を支えてくれた仲間への感謝を忘れない人柄が、今も多くの番組に呼ばれ続ける理由なのかもしれません。

