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日本代表監督としてこれだけ長く指揮を執っている森保一さんですが、年俸がいくらなのかは意外と知られていません。
日本サッカー協会が監督報酬を公表していないため、出回っている数字はほとんどが推定です。
それでも就任時からの流れを並べると、金額がどう動いてきたのかは見えてきます。
この記事では、森保一さんの年俸について確認できる数字と、その確からしさを分けて整理します。
目次
森保一の年俸はいくら?推定額の推移をたどる
まずは、これまでに伝えられてきた金額を順に見ていきましょう。
- 報酬は公表されていない
- U-24代表監督時代は4800万円
- A代表就任時は約1億5000万円
- 続投後は2億〜3億円と推定
- 1億7400万円という数字もある
報酬は公表されていない
最初に押さえておきたいことがあります。
日本代表監督の報酬は、日本サッカー協会から公式に発表されていません。
そのため、ネット上に出回っている金額はすべて報道や関係者の話をもとにした推定値です。契約書に書かれた数字が明かされたわけではありません。
先に、伝えられている金額を一覧にしておきます。
| 現役時代(1993年ごろ) | 月の手取りが4万5000円 |
| U-24代表監督 | 年俸4800万円 |
| A代表監督の初契約 | 年俸約1億5000万円 |
| 2022年12月の続投以降 | 推定2億〜3億円 |
| 2024年に伝えられた推定 | 約1億7400万円という試算も |
| 公式発表 | なし(協会は報酬を公表していない) |
一覧にすると、同じ時期でも数字に幅があることが分かります。
推定である以上、金額はどうしても揺れます。この記事でも「いくらである」とは断定せず、それぞれの数字がどういう性質のものかを添えて書いていきます。
U-24代表監督時代は4800万円
森保一さんが日本代表と関わり始めたのは2017年10月です。
このときはU-24日本代表、いわゆる東京オリンピックを目指す世代の監督としての就任でした。任期は2021年12月まで続いています。
この立場での年俸は4800万円と伝えられています。
A代表と比べれば控えめですが、Jリーグの監督としての実績を考えれば妥当な水準でしょう。森保一さんはこの就任の前に、サンフレッチェ広島でJ1優勝を3度も経験している監督です。
U-24は次の世代を育てる立場で、結果がすぐには問われにくいポジションでもあります。それでもオリンピックという明確な目標がある以上、責任の軽い仕事ではありません。
この時期に代表の空気を知ったことが、のちのA代表就任につながっていきます。
A代表就任時は約1億5000万円
2018年7月、森保一さんはA代表の監督に就任します。U-24との兼任という異例の体制でした。
このときの契約は4年で、年俸は約1億5000万円と伝えられています。
U-24時代の4800万円から見れば3倍を超える金額です。日本代表の指揮官という立場の重さが、そのまま報酬に反映されたことになります。
ただしこの数字も協会発表ではありません。報道ベースの推定値だという点は変わらないので、目安として受け取るのが正しい向き合い方です。
なお、この時期の森保一さんはU-24とA代表を兼任していました。ひとりで2つのチームを見る体制は当時から議論があり、負担の大きさを指摘する声もありました。
報酬の話をするなら、その仕事量とセットで考える必要がありそうです。
続投後は2億〜3億円と推定
大きく動いたとされるのが、2022年12月の続投発表でした。
カタールワールドカップでグループステージを首位で突破し、2大会連続で決勝トーナメントに進出。その実績を受けて、2026年のワールドカップまで指揮を執ることが決まります。
続投後の年俸は、推定で2億〜3億円と伝えられています。
初契約の約1億5000万円から見れば、倍近い水準まで上がった計算です。
もっとも「2億〜3億円」という幅の広さが、この数字の性質をよく表しています。1億円もの開きがあるということは、内部の正確な情報が外に出ていないということでもあります。
1億7400万円という数字もある
別の推定として、約1億7400万円という金額が挙げられることもあります。
こちらは2024年のアジアカップに出場した各国監督の年収ランキングで、森保一さんが6位に入ったという文脈で出てきた数字です。
「2億〜3億円」と「約1億7400万円」では、それなりに差があります。
どちらが正しいのかを決める材料はありません。調査した時期も、算出の方法も、そもそも公表されていない金額を外から見積もったものだからです。
こうした数字を並べて分かるのは、正確な額ではなく「おおよそ2億円前後」という感覚だけでしょう。そこまでで止めておくのが誠実だと思います。
ネット上には1円単位まで書いてあるように見える記事もありますが、その根拠までたどれるものはほとんどありません。数字が具体的であることと、正確であることは別の話です。
森保一の年俸を世界と比べる|現役時代との落差
ここからは、金額の意味を別の角度から見ていきます。
- 世界の代表監督とは桁が違う
- 現役時代の月給は4万5000円だった
- 広島での3度のリーグ優勝
- 支えてきた家族の存在
- 森保一の年俸についてまとめ
世界の代表監督とは桁が違う
日本代表監督の報酬は、世界的に見て高いのでしょうか。
比較として挙げられることが多いのが、同時期に各国を率いた監督たちの年俸です。
サウジアラビア代表を率いたマンチーニ監督が約40億円、イングランド代表のサウスゲート監督が約9億円、フランス代表のデシャン監督が約4億円、韓国代表のクリンスマン監督が約3億1900万円とされています。
これらの数字も出典が明示されているわけではないので、あくまで目安です。
それでも並べてみると、日本代表監督の水準がトップクラスではないことは伝わってきます。強豪国が世界的な名将を招くために積む金額とは、そもそも桁が違うわけですね。
もっとも、高額な報酬で外国人監督を招いた国が必ず結果を出すわけでもありません。日本は日本人監督で長期政権を築いてきた国で、報酬の考え方そのものが違うともいえます。
金額の大小だけで評価を決められない部分が、代表監督という仕事にはありそうです。
現役時代の月給は4万5000円だった
金額の話でいちばん驚くのは、実は年俸のほうではないかもしれません。
森保一さんは現役時代の待遇について、自ら語ったことがあります。
Jリーグが開幕した1993年ごろ、マツダ時代の月の給料は手取りで4万5000円だったといいます。
しかも本人は「当時は寮でスタンプを押せばごはんが食べれたので、それで1か月暮らしていた」と振り返っています。
いまの推定年俸と比べると、まったく別の世界の話に聞こえますよね。プロサッカーという職業が、この30年ほどでどれだけ変わったかを示すエピソードでもあります。
森保一さんはマツダの時代から広島一筋で、通算280試合に出場して39得点を記録しました。日本代表としても1992年から1996年にかけて35試合に出ています。
決して無名の選手ではありませんでしたが、それでも待遇はこの水準だったわけです。Jリーグ開幕前後の日本サッカーが、まだ手探りの段階にあったことがよく分かります。
広島での3度のリーグ優勝
現在の評価につながっているのが、監督としての実績です。
森保一さんは2012年にサンフレッチェ広島の監督となり、就任1年目でJ1優勝を果たしました。翌2013年には連覇、さらに2015年にも優勝しています。
3度のリーグ制覇という結果が、代表監督への道を開いたことになります。
一方で2017年7月には成績不振により解任も経験しました。順風満帆だったわけではありません。
その数か月後にU-24代表の監督として声がかかり、さらに翌年にはA代表の指揮官になる。落ちてから上がるまでの速さも、この人の経歴の特徴です。
就任1年目でいきなりリーグを制した監督は、そう多くありません。しかも3度の優勝は、資金力で上位に立つクラブを相手にした結果です。
年俸が段階的に上がってきた背景には、この広島時代の実績があると考えるのが自然でしょう。
支えてきた家族の存在
長く代表を率いる生活は、家庭に負担をかけるものでもあります。
森保一さんの妻は由美子さんです。夫の仕事について「パパの好きにすれば」としか言わないのだといいます。
本人はそのことについて「自由にやらせてもらっている分、嫁さんは相当なストレスを抱えていたはずです」と語りました。
さらに「人としていつも感謝を込めて接してはいますが、多分全然足りていないと思います」とも話しています。
家事については「料理も掃除もできないし、手伝ってもぐちゃぐちゃになるのでできない。唯一手伝うのは皿洗いです」と正直に明かしました。
3人の息子はサッカー系のYouTuberとして活動しており、父の話題で登場することもあります。年俸の数字だけでは見えない部分が、こうした発言からは伝わってきますよね。
森保一の年俸についてまとめ
森保一さんの年俸について、要点を整理しておきます。
- 日本サッカー協会は監督報酬を公表しておらず、出回る数字はすべて推定
- U-24日本代表監督時代は年俸4800万円と伝えられている
- 2018年のA代表就任時は4年契約で年俸約1億5000万円とされる
- 2022年12月の続投以降は推定2億〜3億円
- 2024年には約1億7400万円という別の試算もあり、数字には幅がある
- 世界の代表監督は数億円から40億円規模で、日本の水準はトップクラスではない
- 現役時代の1993年ごろは月の手取りが4万5000円だったと本人が語っている
推定の数字ばかりが並びますが、動き方の大きさははっきりしています。
月4万5000円で寮暮らしをしていた選手が、億単位の報酬で代表を率いる立場になった。その振れ幅こそが、森保一さんという人の歩みそのものだといえます。

