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『M-1グランプリ2025』で優勝したお笑いコンビ「たくろう」で、ボケを担当する赤木裕さん。優勝後に家族の話が次々と報じられ、父は何をしている人なのかと気になって検索した方も多いのではないでしょうか。
赤木さんの父の職業について、本人は2026年2月のインタビューで「父は大手企業で働いていて」と話しましたが、社名や役職は明かしていません。
ネット上には「公務員」とする記事もありますが、出典が示されておらず、本人の発言とは食い違っています。
この記事では、父の職業と家族構成、そして本人や相方が語った「スパルタな父」のエピソードを、発言の出典をたどって整理します。
目次
たくろう赤木の父の職業|本人が語った勤め先と家族構成
- 父の職業は大手企業と語った
- 母と姉の仕事、父の野球好き
まずは、父の職業について本人が語った言葉と、ネット上の説の確かさ、そして家族それぞれの仕事を見ていきます。
父の職業は大手企業と語った
赤木裕さんは1991年生まれ、滋賀県出身のお笑い芸人です。2025年12月のM-1グランプリで優勝し、一気に知られる存在になりました。
父の職業について分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 父の職業 | 本人が大手企業で働いていると語った |
| 社名・業種・役職 | 語られていない |
| 「公務員」説 | 出典がなく、本人の発言と食い違う |
| 母 | 介護施設を経営していると語った |
| 姉 | 税理士 |
| 父の人柄 | 本人が「厳しい人」「スパルタ」と語る |
父の仕事を本人の言葉で確認できるのは、CHANTO WEBに2026年2月17日に載った、相方との連載インタビューです。家族について尋ねられた赤木さんは、次のように答えています。
「4人家族で、父は大手企業で働いていて、母は介護施設を経営してて、お姉ちゃんは税理士という、僕以外は、かなりしっかりした人たちです(笑)」。笑いを交えながら、家族の仕事をまとめて紹介しました。
父の職業について、本人が公に語った内容は、確認できた範囲では「大手企業で働いていて」という一言だけです。
どの会社なのか、どんな業種なのか、どんな役職なのかは話していません。「大手企業」という言葉から先を推測して書くことはできないため、この記事でも社名や業種には踏み込みません。
今回調べたほかの報道や、赤木さん本人のコラムの中にも、父の職業を具体的に書いたものは見つかりませんでした。父は一般の方ですので、本人が語った範囲を超えて詮索しないことが大切だと考えています。
では、ネット上で見かける「公務員」という話はどうでしょうか。赤木さんの父について検索すると、父の職業を公務員として紹介するブログが上位に表示されます。
ところが、そのブログ自身が「職業は公表されていません」と書いています。そのうえで「規律を重んじる公務員タイプ」だった可能性が高いと、推測で結んでいるのです。
「複数のメディアや関係者の証言から」と書かれていますが、どのメディアのどの証言なのかは示されておらず、報道でも裏付けは確認できませんでした。公務員という説は、確認できた限り本人の発言や報道に根拠がなく、「大手企業」という本人の言葉と食い違っています。
同じ種類のブログには、父の下の名前や年齢、定年を迎えているといった細かい情報を書いたものもあります。しかし、こちらも出典は示されていません。
父は芸能人ではなく一般の方です。本人や報道が公にしていない名前や年齢、勤務先、住所といった個人情報は、この記事では書かないことにしました。確かめられる情報源は、本人のインタビュー、本人が書いたコラム、本人のX投稿、そしてそれを伝えた報道に限り、その範囲にそろえて話を進めます。
母と姉の仕事、父の野球好き
赤木さんは「4人家族」と話しており、父、母、姉、そして本人の4人で育ちました。先ほどのインタビューでは、母と姉の仕事にも触れています。
母については「母は介護施設を経営してて」という紹介でした。施設の名前や場所は語られておらず、公表もされていません。
姉の職業は税理士です。M-1優勝後の2025年12月22日、赤木さんはXに「姉は税理士やから確定申告してもらってます」と投稿しました。姉の職業を自分から明かした形です。
その後も、姉の話は別の場で語られています。2026年6月には、テレビ朝日の公式YouTubeチャンネルで、赤木さんが「姉ちゃんが税理士なんで。確定申告とかも全部やってもらってる」と話したとスポーツ報知が伝えました。
この話を聞いた相方は「なにそれ?そんなん俺に言うといてくれ」と焦った様子を見せたそうです。ファンからは「税理士さんが身内なの心強すぎる」といった声が寄せられました。
父については、仕事のほかに、野球との関わりも語られています。Fany magazineの本人の連載コラム(2024年11月24日公開)には、こう書かれています。
赤木さんは「父が巨人ファンで家でずっと巨人戦見てたので僕も巨人ファンになりました」と書いています。
好きだった選手は清原さんで、部屋には清原さんのカレンダーを飾っていたそうです。過ぎた月のページを捨てずに天井へ貼っていたため、「天井一面に清原がいました」と振り返り、自分の部屋を「清原プラネタリウム」と呼んでいます。
野球は、子供時代の大きな出来事にもつながります。CHANTO WEBのインタビューによると、赤木さんは小学4年生のころに転校しました。
最初は「すごくイヤだった」そうですが、「父の影響で巨人ファンだったので、「野球をやらせてくれるなら転校してもいい」って言った」と明かしています。転校先でリトルリーグのチームに入れてもらい、みんなで野球をする毎日が始まりました。
ある日の練習試合の帰り道には、電車で「トイレに行きたい」と言い出せず、おもらしをしてしまったそうです。そのとき「父が一緒だったからどうにかなった」と話しています。人前で声を出すのが苦手な子供を、父がそばで支えていた場面です。
たくろう赤木の父の職業と人柄|スパルタ教育と親子のエピソード
- ヨーグルト事件と洗濯物
- 口癖の言葉と耳にガーゼの父
- 家族LINEと送り出した両親
- たくろう赤木の父の職業まとめ
ここからは、赤木さんが「だいぶ厳しい人」と語る父の人柄を、本人や相方の発言をもとに見ていきます。
ヨーグルト事件と洗濯物
赤木さんは、父について「特に父がだいぶ厳しい人で」と話しています。今でも覚えている出来事として挙げたのが、「ヨーグルト事件」です。
小学生のころ、学校に提出するプリントを何日か忘れていた赤木さんに、父は「お前、プリント持ったんか?」と尋ねました。「あー、持った、持った」と返すと、「ほんまに持ったんか?」と3回ほど同じことを聞かれたそうです。
イラっとした赤木さんが「持ったって言ってるやん!」と言い返すと、そのとき食べていたヨーグルトごとひっぱたかれました。ヨーグルトは床じゅうに飛び散り、母が黙って雑巾で拭いたといいます。
「ヨーグルト事件」は、赤木さんが「今でも覚えている」と話す父の厳しさの記憶です。
赤木さんは「僕は何も言えずに黙っていて。たしか、アロエヨーグルトだった気がします」と、場面を鮮明に覚えている様子でした。反抗期だったのかと聞かれると、「子どものころは基本的に人見知りで、家でもおとなしかったですね」と答えています。
もう一つ、父の厳しさを伝えるのが洗濯物の話です。M-1決勝直前のインタビュー(お笑いナタリー、2025年12月16日公開)で、赤木さんは次のように語りました。
「僕がすごい熱出て休んだ日、お父さんも休みやったんです。僕、普段から洗濯物を干す係で。今日くらいはお父さんが干してくれるかなと思ったら、まったく動かず」。「なんで僕がやらなあかんねん」と思いながら、「高熱で泣きながら干しました」と笑って振り返っています。
家の役割は体調が悪くても果たす、という父の考え方がにじむ話です。このエピソードを聞いた相方は「スパルタなお父さん。でもそのお父さんのおかげでここまで来てるからね」と語り、赤木さんも「はい」とうなずいています。
プリントの件でも洗濯物の件でも、赤木さんは父に言い返せないまま黙って従う側でした。それでも話しぶりは明るく、厳しさを笑い話に変えて語れるのは、家族との関係が築かれているからこそでしょう。
口癖の言葉と耳にガーゼの父
M-1優勝後、赤木さんの父の名言として広まったのが、「脳みそから血出るくらい頑張れ」という言葉です。ORICONは、赤木さんが番組で父のスパルタぶりを語り、この言葉で育てられたと笑わせていたと伝えました。
ねとらぼによると、テレビ朝日系の番組「有働Times」で、父が「脳みそから血出るくらいがんばれ」を口癖にする「スパルタ人間」だと明かしたそうです。
「脳みそから血出るくらい頑張れ」は、赤木さんが父の口癖として語った言葉です。
この言葉は、決勝進出時の取材でも話題になりました。お笑いナタリーのインタビューで、赤木さんは相方に「脳みそから血が出るぐらい、血尿が出るぐらい、歯を食いしばって、がんばってください!」と激励します。
すると相方は「それ、赤木のお父さんに初めて会ったときに僕が言われた一言です」と明かしました。トイレで横に並んだとき、父から「きむらくん、しょんべんから血がにじむくらい努力せいよ!」とカツを入れられたといいます。
初対面の息子の相方にも、同じ熱量で激励する父だったことが分かります。赤木さんは「根性論でやってきた家庭なんで」と話し、相方は「その息子がなんでこんな緩いねん」と笑いました。
ただ、厳しいだけの父ではなかったことも分かっています。赤木さんは、Fany magazineの連載コラム「散髪の面白いとこ」(2025年3月16日公開)で、父の床屋のエピソードを書いていました。
実家から徒歩2、3分の場所に、お客さんがいるのを見たことがない、おじいさんがやっている床屋があったそうです。赤木さんが中学生のある日、父が「1回試しに行ってみる」とその床屋へ出かけました。
1時間後に帰ってきた父は、左耳を大きなガーゼで巻いて「耳切られた」と言ったと、赤木さんは書いています。赤木さんはこの出来事を「あっという間のオチ」と表現し、「今思い返しても意味のわからない謎の冒険心」と振り返りました。
さらに「あの厳格な父が謎の冒険心で耳に大きなガーゼを巻いて帰ってきた」と書き、切られていないような顔をして「耳切られた」と言っていた、という描写もあります。家では厳格な父が、思いがけない行動で家族を驚かせたことが、息子の記憶に残っているのです。
ヨーグルト事件のような厳しい場面と、床屋で耳にガーゼを巻いて帰る場面。まったく違う二つの顔が、赤木さんの語る父を立体的にしています。
家族LINEと送り出した両親
父の人柄が広く知られるきっかけになったのが、M-1優勝後の家族LINEです。優勝した2025年12月21日の夜から、赤木さんは多くの番組に出演しました。
その中で、相方が、赤木さんは家族のグループLINEから外されていたと明かし、視聴者から家族の不仲を心配する声が上がりました。赤木さんは12月22日にXを更新し、その真相を説明しています。
「このLINEグループは姉ちゃんが両親に孫の写真を共有するためのグループやから僕を入れてなかっただけみたいです」。さらに「各々とは連絡取るし、両親からはたまに仕送りをもらってます」と書き、家族仲が悪いわけではないと伝えました。
あわせて公開されたLINEの画面には、父と母のメッセージが写っていました。父は「スパルタの父」と名乗ったうえで、「今日のネタは2つとも面白かったで!」と息子のネタをほめていました。
父はほかにも「有働由美子さんと話ができて羨ましい」と書き込み、母は「チャンスがあったらTVで謝りなはれやー」とやさしい言葉を寄せています。ORICONは、この内容を「家族LINEが感動的」と報じました。
ねとらぼによると、ユーザーからは「愛にあふれてて涙出てきた」「めっちゃスパルタだと思ったお父さんが陽気な感じで可愛いですね」といった反響が寄せられたそうです。「脳みそから血出るくらい頑張れ」の父が、LINEでは明るくボケる人だったことが、多くの人の印象に残りました。
この両親は、赤木さんが芸人になる道も応援していました。CHANTO WEBのインタビューで、赤木さんは「僕も全然反対されなかったです」と話しています。
理由は、子供のころから家でもまったくしゃべらず、コミュニケーションが苦手なことを家族がよく分かっていたからだといいます。両親は「芸人さんからいろいろ学べるんやったら、いい社会勉強になるんちゃうか」と言って送り出しました。
芸人の道に進む息子を、両親は「いい社会勉強になるんちゃうか」と送り出しました。
厳しい父と、黙って床を拭いていた母。その両親が、人前に出ることを苦手にしていた息子の背中を押したことになります。
両親への思いが表れた話もあります。M-1決勝の直前、優勝賞金1000万円の使い道を聞かれた赤木さんは、冗談まじりに「今まで育ててくれた両親に50万円。お姉ちゃんに25万円。25万円残った」と答えました。
一方で、M-1優勝後のX投稿では「両親からはたまに仕送りをもらってます」と書き、そのあとに「もうもらわない」と続けています。親から支えられてきた下積みの時間を、笑いに変えて語る姿が印象的です。
たくろう赤木の父の職業まとめ
赤木裕さんの父の職業と人柄について、本人や報道で確認できたことをまとめます。
- 父の職業は、本人が2026年2月のインタビューで大手企業で働いていると語った
- 社名・業種・役職は語られておらず、「公務員」説には出典がない
- 家族は父、母、姉、本人の4人で、母は介護施設を経営、姉は税理士と語った
- 父が巨人ファンだったため、赤木さんも巨人ファンになった
- 「ヨーグルト事件」や洗濯物の話など、父は厳しい人だったと本人が語る
- 「脳みそから血出るくらい頑張れ」が父の口癖で、相方にも同じ調子で激励した
- 床屋で耳にガーゼを巻いて帰るなど、意外な一面もあった
- 両親は「いい社会勉強になるんちゃうか」と芸人の道を送り出した
父の職業は「大手企業」というところまでしか明かされていませんが、本人が語る家族の話は、厳しさと温かさの両方を感じさせるものでした。これからも、本人の口から語られる家族の話に注目です。
