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飯豊まりえさんの実家は金持ちなのか、気になって調べている方もいるのではないでしょうか。祖母のエルメスや母の指輪など、裕福な家庭を思わせる話題がいくつもあるためです。
結論から言うと、実家の資産や両親の職業は本人も報道も明らかにしておらず、金持ちかどうかは確認できません。
ただ、飯豊さんは祖母のエルメスのかばんや母の指輪を「受け継いだ」と語っています。千葉市生まれの一人っ子として、両親にとても大切にされてきたことも、インタビューからうかがえます。
この記事では、本人の発言と大手メディアの記事で確認できたことだけを、実家の話題と両親の人柄に分けて整理します。
目次
飯豊まりえの実家は金持ち?|本人が語った受け継いだ品
- 実家は金持ちなのか
- 祖母のエルメスと祖父の形見
- 母から受け継いだ指輪と時計
まずは、実家は金持ちなのかという疑問と、本人が語った「受け継いだ品」の話を見ていきます。
実家は金持ちなのか
飯豊まりえさんは1998年1月5日生まれ、千葉県千葉市出身の女優でありモデルです。2008年に開かれた『ニコ☆プチ』のモデルオーディションでグランプリに選ばれ、小学生のうちに芸能界に入りました。
「実家は金持ち」と言われる理由として、祖母のエルメスのかばん、母から受け継いだ指輪、父がクリスマスに現金を置いたという話などが挙がります。確認できた範囲を、先に表にまとめます。
| 出身 | 千葉市生まれ(住所や地区は公表されていない) |
| 家族構成 | 一人っ子と本人が語っている |
| 祖母のエルメス | かばんを譲ってもらったと本人が語っている |
| 母から受け継いだ品 | 指輪と、母が初めて働いて買った時計 |
| クリスマスの現金 | 小学校5年生の頃のことと本人が語っている |
| 父親・母親の職業 | 公表されていない |
| 実家の資産・収入 | 公表されていない |
表のとおり、裕福な家庭だと断定できる材料は見つかりませんでした。一方で、家族から品を譲り受けてきた話は、飯豊さんが何度も語っています。
実家が金持ちかどうかを考えるとき、多くの人が気にするのが両親の職業です。今回、本人のインタビューや大手メディアの記事を確認しましたが、両親の職業や勤務先についての記述は見つかりませんでした。
両親の職業や勤務先は、本人の発言や報道では確認できませんでした。
確認したのは、TVガイドのインタビュー、日本経済新聞のインタビュー、メルカリマガジン、朝日新聞のインタビュー連載、東京スポーツやORICONの記事です。いずれも、家族の人柄や思い出は語られていても、仕事の話は出ていません。
ネット上には、父親の職業や実家の豪華さについてさまざまな説が出回っています。ただ、出典が示されていないものばかりで、本人が認めたものも見当たらないため、この記事では紹介しません。
エルメスのかばんや母の指輪という話から、裕福な家庭を想像する人もいるかもしれません。しかし、収入や資産について本人が語った記録はなく、この記事でも金持ちかどうかの判断はしません。
両親は一般の方です。本人が語った範囲を超えて、職業や勤務先、住所を探るようなことはせず、確認できた事実だけをお伝えします。
祖母のエルメスと祖父の形見
祖母のエルメスの話は、2020年11月のTVガイドのインタビューで語られました。大切にしているものを聞かれた飯豊さんが、最初に挙げたのが祖母のかばんです。
「おばあちゃんが使っていた、エルメスのかばんです。小学生の頃に亡くなっちゃったんですけど、譲ってもらったかばんを今も大切に使っています。」
語られているのは、亡くなった祖母の形見として、譲られたかばんを使い続けているという話です。同じ年のメルカリマガジンでも、亡くなった祖母が使っていたバッグを形見として使っていると話しました。
祖父にも、かばんにまつわる話があります。「おじいちゃんが亡くなる前、お金を渡されて『これで好きなものを買って、形見を作ってくれ』って言われたんですよ」と飯豊さんは明かしています。
一緒には買いに行けなかったため、インターネットで調べて選び、祖父に選んでもらったかばんがあるそうです。今は仕事の現場でも使っていると話しています。
祖父については、趣味が妻を美しくすることだったとも語っています。「おじいちゃんの趣味が、おばあちゃん――自分の奥さんを奇麗にすることだったんですよ」と話し、美容室に連れて行ったり、洋服を買ってあげたりしていたそうです。
その姿を何度も見てきたという飯豊さんは、祖父が自分の父にも「君も自分の奥さんにそうしてあげるんだよ」と話していたと明かしました。「おじいちゃんが私の両親をつないでくれてるなって思うんです」とも語っており、祖父母の存在が家族の土台にあることが伝わります。
メルカリマガジンでは、受け継いだ品への思いも語っています。「誰かからもらったり受け継いだモノには、特別な思い入れがあります」と話し、「自分が使っていたモノも、なるべく捨てたくないなと思っているんです」とも述べました。
サイズが合わなくなった服は、後輩にあげたり、発展途上国へ寄付したりしていると話しています。品物を大切に次の人へ渡していく考え方は、祖母のかばんや祖父の形見の話ともつながっています。
母から受け継いだ指輪と時計
母から受け継いだ指輪の話は、2019年9月に日本経済新聞に掲載されたインタビューで語られました。見出しは「母から受け継いだ一粒ダイヤの指輪」です。
「実は中学生の時に1回もらってたんですけど、大人っぽ過ぎるので着けてなかったんです。それを『今なら似合うんじゃないか』と、改めてプレゼントしてくれました。」
指輪は、母が若い頃に自分でデザインしたオーダーメードのものだそうです。母娘で骨格が似ているのかサイズがぴったりで、母も同じ頃に着けていたと思うとうれしい、と話しています。
デザインについては「シンプルで、どんなファッションにも合う気がするところも気に入っています」と語りました。
撮影現場では衣装に着替えるため、指輪を着けるのはプライベートのみで、「お守り代わりみたいに着けているところがありますね」と語っています。
母からは「子どもに着けてもらえると意外とうれしいもの。あなたも自分でデザインしてみたら?」と言われたそうです。飯豊さんは「確かに」と思ったそうで、「いつか作ってみたいです」と自分でもデザインしてみたい考えを明かしました。「とりあえず、今自分が着けているアクセサリーは全部取っておいて、あげられるようにしようと思いました」とも話しています。
母の品としては、時計の話もあります。2020年11月のTVガイドのインタビューで、「先日も、母親が初めて自分で働いて稼いだお金で買った時計を譲ってもらったんです」と明かしました。
この時計について、飯豊さんは「自分がもし結婚して子どもができた時にも使えるように、大切にしたいなと思っています」と話しています。「そういう家族から譲ってもらったものはずっと思い出に残っていて、見るとその人を思い出したりするので、宝物です」という言葉も残しました。
なお、同じ2020年11月のメルカリマガジンでは、母が若い頃に買ったティファニーの指輪を成人の頃にもらったとも話しています。日本経済新聞で語った指輪と同じものかどうかは、2つの記事からは判断できません。
飯豊まりえの実家の両親|父親と母親の人柄と家族の絆
- 千葉市の一人っ子と父の旅行
- 天然の父とサバサバした母
- 母との最後のオーディション
- 飯豊まりえの実家まとめ
ここからは、千葉市で育った一人っ子の飯豊さんが語った父親と母親の人柄と、芸能界入りの背景にある家族とのやりとりを見ていきます。
千葉市の一人っ子と父の旅行
千葉市の公式サイトは、飯豊さんを「本市出身の俳優・モデル」と紹介しています。2026年4月24日には、千葉開府900年記念アンバサダーに決まったことが発表されました。
就任コメントで、飯豊さんは「私自身も千葉市で生まれ育った一人として、この街への想いはとても深いものです。」と述べています。生まれ育ったのが千葉市であることは、本人のコメントからも確認できます。
実家の場所については、千葉市生まれという以上のことは分かっていません。実家の住所や最寄りの地区は、本人も報道も明かしていません。ネット上には特定の地区の名前を挙げる記事もありますが、出典が示されていないため、この記事では取り上げません。
一人っ子であることは、本人が語っています。2018年2月の朝日新聞のインタビュー連載「おやじのせなか」では、「私は一人っ子で、子どものころからいつも父と一緒でした」と振り返りました。
東京スポーツは2019年3月、飯豊さんが千葉の実家を出て、都内で一人暮らしをしていると伝えています。同じ記事では、関係者の話として「母親はもちろん父親とも仲が良い」と紹介しました。
父親との関係がよく分かるのが、成人を迎えた誕生日の旅行です。飯豊さんは2018年1月の誕生日当日に父を誘い、石川県の金沢市へ温泉旅行に行ったと語りました。
理由は、「初めてのお酒は父と飲む」と決めていたからです。飯豊さんは同じ記事の冒頭で「楽しい思い出には、必ず父がいます」とも話しています。
芸能生活の節目にあたる年の誕生日にあわせて、父に手紙を渡したことも触れられています。手紙の中身は、記事の無料公開部分では確認できませんでした。
お酒の話は、別の場面でも出ています。2019年3月に千葉市で開かれた食品・飲料の表彰式でアンバサダーを務めた際には、グランプリに選ばれたドリンクについて「父と一緒に飲みたい」と話しました。
日本経済新聞のインタビューでは、島にひとつだけ持っていくなら何かを聞かれ、「家族の写真かな」と答えています。「家族の顔を忘れたら、嫌じゃないですか。それだけは絶対、忘れたくない。私、家族、大好きなんで」という言葉も添えました。
天然の父とサバサバした母
両親の人柄について、飯豊さんは2020年11月のTVガイドのインタビューで「父親が天然で、母親がサバサバしてるんです」と紹介しています。まずは父親の話から見ていきます。
父親は「絶対に怒ることはなかったです」とのことです。「一緒にお出掛けしたり、楽しい思い出が多いですね。でも、父親は『あの時連れて行ってあげたじゃん!』ってよく言います。口癖です(笑)。」
クリスマスの話も、父親らしさがよく出ています。2016年12月の映画のトークイベントで、飯豊さんは「小学校5年生の時に、プレゼントではなく現金が枕元に置かれていたことがあります」と明かしました。
「父……、じゃなくてサンタさんなりに、自分の好きなものを買ったほうがいいと思ったんでしょうね。でも夢が壊されたようで、泣きはらしていました。そうしたら現金が消え、ニンテンドーDSに変わっていました」と笑って振り返っています。この取材の記事では、金額には触れられていません。
日常の話も出ています。コーヒーを淹れるのが好きな飯豊さんは、日本経済新聞のインタビューで、好きな豆を父に買ってきてもらってドリップすると話しました。2019年3月の東京スポーツの記事では、「父は、母が作るカレーが好きと言っている」という言葉も紹介されています。
母親は、飯豊さんの言葉を借りると「ライオンのお母さんみたいな」人です。「崖から突き落として『はい上がってこい!』って言うようなお母さんです(笑)」と語っています。
ただ、厳しいだけの母親ではありません。「母親はチャーミングな部分もあるし、掘れば掘るほど面白い人です」と話しており、友達からは「お母さんの話聞いてると、全く一緒だよ」と言われるほど、自分に似ているそうです。
子育ての方針も明かしています。「母親は昔から『私が怒る役になるから、あなたは怒らないでね』って父親にずっと言っていたみたいで。自分が嫌われ者になる、っていう育て方でした」。
母が叱り役を引き受けてきたため、飯豊さんは「だから私は1回も反抗期がなかったです」と振り返っています。
母親との距離は近く、「何かにつけて母親に電話をしているので、たまに『しつこい』って言われます(笑)」と話しています。買い物の相談から朝の連絡まで、何でも報告するそうです。
叱り役の母と、怒らない父。役割が分かれた両親のもとで、反抗期のないまま育ったという話は、お金の面とは別の意味で、家庭の雰囲気を伝えています。
母との最後のオーディション
芸能界に入るきっかけにも、母親との約束がありました。2020年11月のTVガイドのインタビューで、飯豊さんは「奇跡的だったなと感じるご縁」を聞かれ、オーディションの話を挙げています。
挑戦できるのは1年間だけという母との約束があり、その日は「これが最後ね」と言われていたそうです。ところが、審査員だった雑誌の編集長だけが飯豊さんを選んでくれました。
後になって編集長から「1人だけ普通っぽい子がいたから気になって選んだんだよ」と聞いたそうです。飯豊さんは「その編集長がいなかったら今私はここにいない」と語り、「忘れられない日です」と話しました。
このオーディションは、2008年10月12日にサンシャインシティで、エイベックスとニコ☆プチが共同で開いた公開モデルオーディションです。ORICONの記事によると、応募は800名で、決勝に進んだ64人の中から飯豊さんがグランプリの1人に選ばれました。
編集長は「飯豊さんはいろんな洋服が合う」と評価し、モデルとしての撮影に期待を寄せたと伝えられています。
「お母さんとこれが最後と決めていたエイベックスのオーディション」で選ばれたことを、飯豊さんはニコ☆プチの記念インタビューで語っています。編集長のことは「もはや恩人」と呼んでいます。
仕事が決まるたびに、この編集長を思い出すそうです。「お仕事が決まるたびに『見てくれてるかな?』って思い出すんですよ」と、感謝の気持ちを明かしました。
芸能界を目指した動機には、両親の存在もありました。2019年8月のORICONの記事によると、飯豊さんは「その頃から、両親が喜ぶことがしたい、自分の身の回りを変えたいと思っていた」と話しています。
日本経済新聞の記事でも、両親に喜んでもらいたいという思いもあり、小学生のうちに芸能界入りしたと紹介されています。2021年のニコ☆プチの記念インタビューでは、以前は家族やファンのためにがんばっていたが、自分のためにもがんばるようになった、とも語りました。
飯豊まりえの実家まとめ
飯豊まりえさんの実家について、確認できたことをまとめます。
- 実家の資産や両親の職業は公表されておらず、金持ちかどうかは確認できない
- 千葉市生まれの一人っ子で、父とは子どもの頃からいつも一緒だった
- 祖母のエルメスのかばんと、祖父に選んでもらったかばんを形見として使っている
- 母から指輪を受け継ぎ、母が初めて働いて買った時計も譲ってもらった
- 父は天然で怒らず、母はサバサバして叱り役を引き受けてきた
- 母と最後と決めたオーディションで選ばれ、モデルの道に進んだ
実家が金持ちかどうかは分からなくても、家族から受け継いだ品や思い出を大切にしてきたことは、飯豊さん自身の言葉から伝わってきます。2024年5月には俳優の高橋一生さんとの結婚も報告しました。これからの活躍にも注目です。

