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三重県津市久居の惣菜店「フードショップヒライ」で、店主として紹介されている平井外澄さん。MBS「情熱大陸」でフードショップヒライが取り上げられ(2026年10月18日放送回)、どんな人なのか気になった方も多いのではないでしょうか。
平井外澄(ひらい はずみ)さんは、1948年に鶏肉店として始まった店を家族とともに支え、営業日には駐車場で旗を振って客を迎える「じいちゃん」として親しまれている人物です。
スーパー時代には自ら魚をさばき、孫の発信で店に行列ができるようになってからは、動画でも親しまれるようになりました。
この記事では、平井外澄さんの人柄と仕事ぶり、家族とたどった店の歩みを、店の公式サイトと報道をもとに整理します。
目次
平井外澄はどんな人?フードショップヒライの店主
- 名前の読みと店での立場
- 旗振りと動画で知られた仕事
- 歌と紹介文に見る素顔
まずは、平井外澄さんがどんな人で、店で何をしているのかを見ていきます。
名前の読みと店での立場
平井外澄さんの名前は、MBS「情熱大陸」の番組公式サイトとTBSの番組表で「外澄(はずみ)」とふりがなが振られています。「外澄」と書いて「はずみ」と読む名前はあまり見かけないため、読み方から調べる人が多いのもうなずけます。
番組公式サイトでは、平井外澄さんはフードショップヒライの「店主」として紹介されています。2026年6月に公開された東洋経済オンラインの記事では「店長」と書かれており、呼び方は違っても、家族経営の店の中心にいる人物として扱われている点は同じです。
分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 名前 | 平井外澄(ひらい はずみ) |
| 立場 | フードショップヒライの店主(報道では店長) |
| 店の所在地 | 三重県津市久居東鷹跡町 |
| 店の始まり | 1948年創業の鶏肉専門店「平井食肉店」 |
| 店での役目 | 駐車場の整備と誘導、動画のナレーション |
| 一緒に働く家族 | 長女・次女、孫2人、ひ孫の4世代 |
平井外澄さんはテレビや雑誌に出る仕事をしている人ではなく、地元で長く店を営んできた一般の方です。生年月日や出身地、若い頃の仕事など、本人の経歴の細かな部分は公表されていません。
そのため、この記事では店の公式サイト、番組公式サイト、東洋経済オンラインの取材記事で確認できたことだけを紹介します。公式サイトは家族の目線で書かれていて、平井外澄さんは「じいちゃん」として登場します。
家族がスタッフ紹介を「フロントスタッフ」「調理場」「レジェンド」と分けているなかで、平井外澄さんはフロントスタッフの一人に入っています。店の外で客を迎える仕事をしていることが、そのまま分類にも表れています。
東洋経済オンラインの記事には、4世代の家族に好きなポーズをお願いしたところ、そろってジャンケンのようなポーズになったという写真もありました。記事は、創業から長い店で誰が何代目かは家族の中でも曖昧で、誰が欠けても成り立たないと書いています。平井外澄さんは、その輪の中で一番年長の一人として店に立っているのです。
旗振りと動画で知られた仕事
平井外澄さんの店での一番の持ち場は、店の外にある駐車場です。東洋経済オンラインの記事では、営業日は天候にかかわらず外に立ち、旗振り棒を持って駐車場の整備を担当していると紹介されました。
店の公式サイトのスタッフ紹介でも、じいちゃんの肩書きは「駐車場の整備担当」です。紹介文には「ヒライの駐車場整備を手際よくこなす駐車場マスター」と書かれています。
駐車場の案内ページには「※じいちゃんが誘導してる日は、指示に従ってください」という一文が添えられています。来店する人にとって、旗を持った平井外澄さんの誘導は、店に着いて最初に出会う光景になっているようです。
この仕事が大切なのは、店に人が集まるようになったからです。東洋経済オンラインが取材した日は平日でしたが、開店時刻の11時15分までに80人以上が並んだと報じられています。行列に並んでいた客の中には「駐車場が最後の1台!」と話す人もいました。
住宅街の小さな店に車が次々にやって来るなかで、入口に立って車をさばく役目は、店の営業を外側から支える仕事です。厨房やレジのように商品に直接触れる仕事ではありませんが、客が気持ちよく買い物を始められるかどうかを左右する場所に、平井外澄さんは立っています。
孫が旗振りの様子を動画で公開したときには、「いつもありがとうございます」「お体に気をつけてくださいね」というコメントが相次いだそうです。常連客にとっても、駐車場で旗を振る姿はおなじみのものだったことがうかがえます。
旗振りに加えて、平井外澄さんの名前が店の外にまで知られるようになったきっかけは、孫の多田良平さんが投稿した動画でした。フードショップヒライのインスタグラムは2019年に始まりましたが、最初の5年間は商品を紹介する投稿が中心で、フォロワーは4000人ほどで伸び悩んでいたと報じられています。
そこで良平さんは、商品ではなく働く家族を動画に登場させる方法に切り替えました。母親が値札シールを貼る動画、祖父が駐車場で旗振り棒を振る動画と続け、反響を確かめていったそうです。
良平さんは当時を「作業する光景や、スタッフを出すと反響がいい。じゃあ、祖父が総菜を作っている光景を公開したらどうなるやろう」と振り返っています。
2024年2月に投稿された、平井外澄さんがねぎまを黙々と作る動画は、それまで4万回に届かなかった再生回数を60万回超えまで押し上げました。
派手な演出ではなく、ねぎまを黙々と作る場面そのものが、多くの人に見られたことになります。東洋経済オンラインの記事には、平井外澄さんが登場する動画は応援メッセージであふれるという写真の説明も添えられていました。
動画での役目は、出演だけではありません。公式サイトのスタッフ紹介には「動画ナレーションはヒライ家族で最も聞き取りやすくて好評」と書かれています。画面に映るときも、声だけで登場するときも、店の発信に欠かせない一人になっていったことが分かります。
歌と紹介文に見る素顔
フードショップヒライの公式サイトには、店と家族のテーマソングを聴けるページがあり、2026年10月10日に公開されました。その中に、平井外澄さんを歌った「ヒライのじいちゃん GO GO」という曲があります。
歌い出しでは、平井外澄さんのことを「フードショップ ヒライを」「はじめた男」と紹介しています。続く歌詞は「昔は得意のギターで」「みんなを笑顔に」というもので、ギターが得意だったことは、この歌詞で初めて知る人も多いはずです。
仕事ぶりについては「刺身をさばけば」「手つきは見事」「ネギまを作れば」「みんなが笑顔」と歌われています。スーパーとして鮮魚を扱っていた頃の刺身と、動画で話題になったねぎまが、どちらも登場するのが印象的です。
歌詞には「今は手仕事」「引退したけど」「心は今でも」「まだまだ現役やに」とあり、手仕事は引退しても心は現役のまま店に立つ姿が描かれています。
後半には「駐車場の入口で」「黄色い旗を振る」という一節があり、繰り返し歌われる部分には「お店の前におるだけで」「なんだか安心やに」とあります。「やに」は三重の方言らしい語尾で、家族が身近な言葉で平井外澄さんを歌っていることが伝わってきます。
店全体のテーマソング「ヒライの宝やに」にも「交通整備のじいちゃん」「旗を振っとる」という歌詞があります。家族にとって、旗を振る姿がそのまま平井外澄さんの象徴になっていることがうかがえます。
公式サイトのスタッフ紹介では、家族一人ひとりにユーモアのある紹介文が付けられています。平井外澄さんの紹介文の最後に書かれているのは「ばあちゃんLOVE」という一言です。
同じページの「レジェンド」の枠には、家族から「ばあちゃん」と呼ばれる女性も載っています。紹介文は「チキンハンバーグや秘伝のタレを考案したレジェンド!今はじいちゃんの癒やし担当。」というものです。
店の人気商品のもとになった味を作った「ばあちゃん」が、今は「じいちゃんの癒やし担当」として紹介されていることから、二人が家族の中で並べて語られる存在であることが分かります。平井外澄さんの紹介に添えられた「ばあちゃんLOVE」の一言も、家族がそうした姿を見てきたからこそ書けたものなのでしょう。
平井外澄と家族がつないだフードショップヒライの歩み
- かしわ屋からスーパーへ
- 経営危機と4世代の再出発
- 平井外澄の人柄と歩みまとめ
ここからは、平井外澄さんと家族がたどってきた店の歴史を、時代の順に見ていきます。
かしわ屋からスーパーへ
平井外澄さんが店主を務めるフードショップヒライの始まりは、1948年に創業した鶏肉専門の「平井食肉店」です。
店の公式サイトの「ヒライの歴史」によると、最初はひいばあちゃんが始めた「かしわ屋」で、敷地内には鶏小屋もありました。かしわは鶏肉を指す呼び方で、主に西日本で使われてきた言葉です。
公式サイトには創業当時の店の写真が載っていて、写っているのは平井スズエさんだと説明されています。スタッフ紹介でも、平井食肉店を始めた「レジェンドのひぃばあちゃん」として紹介されている人物です。平井外澄さんとの続柄は、公式サイトには書かれていません。
もう一人、店の味の原点として紹介されているのが、榊原地区で暮らしていた川合スギへさんです。公式サイトには「ヒライの味付けの原点となった人」と書かれ、店の味ご飯はその味を再現したものだと紹介されています。
味の受け継ぎについては、調理を担う次女のみかさんも東洋経済オンラインの取材で語っています。客の感想を伝えられたみかさんは「そうかもしれんね。母と一緒に作っとったから、その味は残っていると思う」と答えました。
鶏肉屋として始まった店の味が、家族の台所を通して次の世代に渡っていったことが分かります。平井外澄さんが店主として見守ってきたのは、店の建物や看板だけでなく、こうした家の味でもあったといえそうです。
1980年、店は鶏肉屋からスーパーへと形を変えました。公式サイトによると、食料品なども扱うようになり、地域の暮らしを支える店になっていきます。
1994年の改装前の写真には、看板に松阪市のパン工場「長栄軒のパン」の名前がフードショップヒライの店名とともに書かれていました。看板には「鶏肉・鶏卵・一般食品」の文字もあり、店の前には当時よく見かけたハンバーガーの自動販売機も置かれていたそうです。
1994年7月には改装オープンし、店内が広くなりました。このときは入口が店の右側にあったと紹介されています。
改装後も鮮魚とスーパーを営んでいた頃は、平井外澄さんが自ら魚をさばき、「ほぼ赤字価格のお刺身」が大好評だったと公式サイトに記されています。
公式サイトには、平井外澄さんが魚をさばいていた頃の売場の写真も載っています。当時は手作りの惣菜よりも、スーパーに並ぶ食料品や駄菓子を多く扱っていたそうです。
テーマソングの「刺身をさばけば」「手つきは見事」という歌詞は、この時代の姿を歌ったものと読めます。駐車場で旗を振る今の姿しか知らない人にとっては、包丁を握って魚に向き合っていた時代があったことは意外かもしれません。店の形が変わるたびに、平井外澄さんの仕事も形を変えてきたことが分かります。
経営危機と4世代の再出発
地域で親しまれてきた店ですが、周辺に大型スーパーなどが出店すると、経営が厳しい時期を迎えました。番組公式サイトでも、同業大手の出店などで一時は経営の危機に陥ったと紹介されています。
東洋経済オンラインによると、10年ほど前の客は70〜80代の常連が中心で、雨の日や寒い日は客足が遠のいたそうです。作った総菜は値引きしても売れ残り、店を閉める話まで出ていたと報じられています。
孫の多田良平さんが2016年秋に地元へ戻ったのは、店長だった平井外澄さんのレジ打ちのミスが増え、家族から呼び戻されたことがきっかけだったと報じられています。
店の運営を支える人手が必要になったことが、良平さんが店に関わる入り口になりました。同じ2016年からは、店は少しずつ惣菜とスイーツを中心にした形へ変わっていきます。
製菓の専門学校を卒業した孫の彩乃さんが加わってフルーツサンドを売り出したことや、2019年に良平さんが始めたインスタグラムでの発信も、客層を広げるきっかけになりました。家族が登場する動画は、やがて大きな反響を呼ぶようになります。
孫が店に戻ったことで始まった発信は、やがて平井外澄さん自身を動画で知られる存在にしていきました。危機の時期を家族で乗り越えた流れの中に、平井外澄さんの姿もしっかりと刻まれているのです。
今のフードショップヒライは、平井外澄さんを筆頭に、娘、孫、ひ孫までがそれぞれの持ち場を受け持つ家族経営の店です。番組公式サイトは、この働き方を「全員野球」と表現しています。
番組公式サイトによると、厨房を仕切るのは次女のみかさんで、長女の佐栄子さんがパック詰めとレジを担当しています。孫の彩乃さんはスイーツ作り、その兄の良平さんはインスタグラムでの商品紹介とライブ配信を受け持ちます。東洋経済オンラインの写真には、看板娘のひ孫も一緒に写っています。
家族の体への負担を考え、2025年1月には営業日を週4日から週3日に減らす決断をしました。東洋経済オンラインによると、この切り替えのあとも週全体の売り上げは下がらなかったそうです。
良平さんは今後について「あとは、家族みんなが健康に過ごして1日でも長く営業を続けたいですね」と語っています。家族そろって長く店に立ち続けることが、平井外澄さんを含めた家族みんなの願いになっていることが分かります。
こうした家族の店の姿は、MBS「情熱大陸」でも取り上げられました(2026年10月18日放送回)。鶏肉屋からスーパー、そして惣菜とスイーツの店へと形を変えながら、平井外澄さんと家族は一つの店を守ってきました。
平井外澄の人柄と歩みまとめ
平井外澄さんについて、分かっていることをまとめます。
- 名前の読みは「ひらい はずみ」で、フードショップヒライの店主(報道では店長)
- 店は1948年に鶏肉専門の平井食肉店として創業し、1980年にスーパーへ
- スーパー時代は自ら魚をさばき、ほぼ赤字価格の刺身が好評だった
- 営業日は旗振り棒を持って駐車場の整備と誘導を担う
- 2024年2月にねぎまを作る動画が60万回超えの再生を記録
- 動画のナレーションは家族で一番聞き取りやすいと好評
- 公式サイトのテーマソング「ヒライのじいちゃん GO GO」で歌われている
- 娘、孫、ひ孫と4世代で店を回し、「情熱大陸」でも取り上げられた
魚をさばいていた頃も、旗を振って客を迎える今も、平井外澄さんはいつも家族の店の真ん中にいます。家族とともに歩んできた店のこれからにも注目です。

