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Kis-My-Ft2のメンバーで、ドラマ『信長のシェフ』『グランメゾン東京』などに出演してきた玉森裕太さん。昔の姿と見比べて「顔変わった」と感じ、何があったのか気になっている方も多いのではないでしょうか。
本人の言葉や報道をたどると、日焼けをやめて色白になったこと、役作りのための体づくりと食事制限、金髪から黒髪まで何度も変わった髪色が、印象が変わったきっかけとして確認できます。
デビュー前の自分の写真を見て、本人が赤面した場面もありました。
この記事では、玉森裕太さんの顔が変わったと言われる背景を、本人の発言と報道で確認できる範囲で整理します。
目次
玉森裕太は顔変わった?昔の姿と言われる理由
- 顔が変わったと言われる時期
- 子供の頃は日焼けで真っ黒
- デビュー前は金髪に白メッシュ
- 髪形と体を変えた2015年
まずは、見た目の変化が話題になった時期と、子供の頃からデビュー前後までの姿を見ていきます。
顔が変わったと言われる時期
玉森裕太さんは1990年3月17日生まれ、東京都出身です。2002年に事務所に入り、2011年にKis-My-Ft2のメンバーとしてCDデビューしました。
見た目の変化がそのまま報道の見出しになったのは、2024年10月のことです。雑誌『anan』の表紙に登場すると、『女性自身』は「「一瞬誰かわからなかった」キスマイ・玉森裕太の激変姿にネット驚嘆」という見出しで伝えました。
この号の特集はゲームで、ゲーム好きの玉森さんが表紙に起用されたそうです。記事は、それまでの玉森さんを「マッシュヘアーに大きな優しそうな瞳が印象的だった」と振り返り、表紙については「長めの金髪で、カメラを鋭く見つめる」姿だと紹介しています。
表紙の画像は10月7日の午前0時に『anan』の公式Xで公開されました。素肌に黒いジャケットを羽織り、鍛え上げた腹筋をのぞかせた1枚だったそうです。
Xには《anan表紙見たとき、玉ちゃん…一瞬誰かわからなかった》という投稿もあったと書かれていました。髪の色と長さ、そして表情が変わったことで、いつもの印象とは別人のように映ったことが分かります。
本人の発言や報道で確認できる「印象が変わったきっかけ」を、先に一覧にしておきます。
| 子供の頃〜デビュー前 | サーフィンで日焼けしていたが、やめて色白に |
| 2009年ごろ | 金髪の時期があり、白いメッシュも入れていた |
| 2015年 | 髪形を変え、体を鍛えたと本人が語った |
| 2019年 | 映画の撮影中に痩せていったと共演者が証言 |
| 2024年 | ボクシングを描くドラマの役で肉体改造、髪は金髪に |
| 2023年〜2026年 | 短髪、銀髪、黒髪、ピンクと髪の印象が変化 |
| 肌の手入れ | 2022年に「毎日パックしています」と発言 |
顔が変わったと言われる背景には、日焼け、髪形と髪色、役作りのための体づくりという、本人の言葉や報道でたどれる変化がいくつも重なっています。
なお、本人が整形について語った発言や報道は確認できませんでした。ここからは、確認できた出来事を古い順に見ていきます。
子供の頃は日焼けで真っ黒
色白の印象が強い玉森さんですが、子供の頃はまったく違ったそうです。2024年6月に放送されたラジオ番組『Kis-My-Ft2 キスマイRadio』で、本人が当時のことを話しました。
「家族でサーフィンに行ってたので、ずっと真っ黒で」。事務所に入ってからもしばらくはサーフィンを続けていたといいます。
転機はデビュー前でした。「その時のマネージャーさんに『顔、黒すぎ』って」と指摘され、「そこから行かなくなって、無事真っ白になったんですけど」と明かしています。
デビュー前にマネージャーから「顔、黒すぎ」と言われてサーフィンをやめたことが、色白の印象に変わるきっかけでした。
2023年5月5日のこどもの日には、自身のInstagramで幼い頃の写真を何枚も公開しました。モデルプレスによると、子供用の乗り物に乗って無邪気に笑う写真などがあり、ファンからは「面影ある」「天使すぎる」といった声が寄せられたそうです。
事務所に入った頃の様子は、2022年7月の『徹子の部屋』で本人が語りました。本人は芸能界に興味がなく、その日も友人と遊ぶ約束があったのに「泣きながら車に入れられて送られたんです」と振り返りました。
デイリースポーツの記事には、当時は背が低かったため、200人ほどのオーディションでどんどん前に出されたと書かれています。本人は「『踊れ』って言われても踊れないし、何か怖くなっちゃって。泣きながら踊ってたら」と話し、そのまま残ってアイドル誌の撮影に進んだそうです。
2013年のトーク番組でも「恥ずかしくて何もできないし、いきなり怒られるし、中1ながら泣いてしまって…」と語っていました。日焼けした肌で背も低かったという入所当時の姿は、デビュー後の印象とはずいぶん違っていたことになります。
初めて舞台に立ったのは、2004年の『DREAM BOYS』初演でした。のちに同じ舞台で主演を務めた玉森さんは、2016年の公開稽古で「初演に出てましたね。車いすに乗った人の役」と懐かしんでいます。
デビュー前は金髪に白メッシュ
玉森さんのドラマデビューは、2009年3月に放送された『ごくせん卒業スペシャル’09』です。同じ年の7月には『ごくせん THE MOVIE』で映画にも初めて出演し、どちらも高杉怜太という生徒を演じました。映画の共演者には、賀来賢人さんや森崎ウィンさんがいました。
『ごくせん』は、事務所の先輩たちが出演してきた登竜門のようなシリーズです。シネマトゥデイは2020年の記事で、CDデビュー前にもかかわらず主要な生徒役に選ばれたことに、当時の期待の大きさがうかがえると書いています。
同じ記事は、この頃の玉森さんを「金髪姿と反抗的な目つきが印象的」と紹介しました。「現在のほんわかとした雰囲気をもつ玉森とは異なり」という一文もあり、当時と後年とで雰囲気が違って見えることは、映画メディアも指摘していました。
本人がこの頃の写真と向き合ったのが、2019年6月の映画『パラレルワールド・ラブストーリー』の舞台あいさつです。過去の写真5枚を若い順に並べるクイズが出され、玉森さんは迷わず正解しました。
ところが、10代の終わり頃の1枚を見ると「金髪に白いメッシュ。よくやれたもんだな…」と赤面したそうです。司会の青木源太アナウンサーは「いつかまた、金髪に白メッシュをやってもらいたい」と話していました。
デビュー前の金髪に白いメッシュという姿は、本人が写真を見て「よくやれたもんだな…」と赤面するほどでした。
この舞台あいさつでは、映画を17回見たというファンが、どこを見ていたのかを聞かれて「顔!」と答える一幕もありました。玉森さんは「顔です」と照れ笑いを浮かべたと報じられています。
2011年にCDデビューすると、同じ年にドラマ『美男(イケメン)ですね』で主演メンバーのひとりを務め、2013年には『信長のシェフ』でドラマ単独初主演を果たしました。金髪の生徒役で知った人と、デビュー後のドラマで知った人とでは、最初に覚えた顔の印象が違っていても不思議ではありません。
髪形と体を変えた2015年
自分から見た目を変えたと本人が語ったのが、2015年です。この年の8月、『女性自身』は「最近男らしさ増した理由は“水分調節”」という見出しでインタビューを掲載しました。玉森さんはそこで次のように話しています。
「自分を変えたいな、って思ったんです。髪形を変えて、体も鍛えて、見た目も変えたら気分も変わるかな、と。同じことの繰り返しをするのがあんまり好きじゃないし、刺激が欲しかった」。続けて「自分のエンジンをかけ直すためのちょっとした行動ですね」とも話しています。
2015年には「髪形を変えて、体も鍛えて、見た目も変えたら気分も変わるかな」と、自分の意思で見た目を変えたことを本人が明かしました。
記事は、久しぶりに会った玉森さんの様子を「顔もシャープで、胸板も厚く、細マッチョに」と書いています。主演舞台『DREAM BOYS』を控えて体を整えていた時期で、むくみを取るために水分の量をおさえることも試したそうです。
本人は「体調もよくなり、ふだん出ない血管や筋が浮き上がってきました」とも話していました。体を整えたことで顔つきまでシャープに見えたと、記事は伝えています。
体づくりはその後も続きました。2016年9月の『DREAM BOYS』では、ボクシングの場面で上半身裸になるため、楽屋にベンチプレスを入れて体を作り上げたとデイリースポーツが報じています。
2021年1月には、雑誌『anan』のグラビア企画に2015年以来2度目の登場をしました。撮影にあたって約3か月、本気のトレーニングに取り組んだと伝えられています。玉森さんは「前とは違うアプローチで、大人の男としての成熟した部分を見せられたら」と意欲を見せていました。
このとき本人は「また歳を重ねていく中で、目や刻まれたシワ、優しさなどから、人物像を感じさせるような色気のある大人の男性を目指していきたいです」とコメントしました。年を重ねて顔つきが変わっていくことを、前向きに受け止めていることが分かる言葉です。
玉森裕太の顔が変わった背景|役作りと髪色と美容
- 映画の撮影で体重が落ちた
- ドラマの役で肉体改造と金髪
- 短髪から銀髪や黒髪へ
- 毎日のパックと水3リットル
- 玉森裕太の顔変わったまとめ
ここからは、俳優としての役作りや髪色の移り変わり、肌の手入れについて、本人や共演者の言葉を中心に見ていきます。
映画の撮影で体重が落ちた
役に打ち込むなかで痩せていったと証言されたのが、2019年5月に公開された主演映画『パラレルワールド・ラブストーリー』です。東野圭吾さんの小説が原作で、玉森さんは2つの世界に翻弄される研究員・敦賀崇史を演じました。
原作者の東野さんが、手紙で「崇史は、これまで創作したキャラクターのなかでも飛びぬけて複雑で難解」と書いたほどの役です。
公開翌日の6月1日に行われた舞台あいさつで、恋人役の吉岡里帆さんが撮影中の様子を明かしています。
吉岡里帆さんは「撮影中、崇史がすごくつらい状況になっていくたびに、玉森さんは体重も落として、ストイックになっていきました」と話しました。
吉岡さんは、その後のバラエティー番組でたぬきの扮装をした玉森さんを見て「同じ人と思えなかった」とも語っています。撮影中と撮影後とで、共演者が驚くほど雰囲気が違っていたわけですね。
玉森さん自身は、森義隆監督に追い込まれたことを認めています。シネマトゥデイのインタビューでは「追い込んでいただきました(笑)」と笑いつつ、「自分自身で追い込んでいった部分もあったんです」と話しました。
現場は何回も撮り直しがあり、「決して優しい雰囲気ではなかった」そうです。それでも「嫌だったとか苦しかったという思いはなかったです」と振り返っています。舞台あいさつでも「監督にもたくさん追い込んでいただいた」と感謝を口にしました。
役に入る前には、監督から自分の内面と向き合うよう言われ、自分がどんな人間なのかを紙に書き出したそうです。シネマトゥデイは別の記事で、撮影期間中の入り込みようは「周囲が心配するほどだった」と伝えています。
映画を見たメンバーの宮田俊哉さんからは、「玉が玉じゃなかった」という感想が届いたといいます。長く一緒にいるメンバーにも、いつもの玉森さんとは違う顔に見えたのでしょう。
なお、このとき体重が何キロ落ちたのかという具体的な数字は、本人の発言でも報道でも確認できませんでした。
ドラマの役で肉体改造と金髪
体と髪の両方が大きく変わったのが、2024年10月に放送が始まったTBS系ドラマ『あのクズを殴ってやりたいんだ』のときです。ボクシングを題材にしたラブコメディーで、玉森さんが演じたのは金髪の謎の男・葛谷海里でした。本人は出演発表のコメントで「今までに僕が演じたことのないようなキャラクター」と表現しています。
出演が発表された同年8月、プロデューサーの戸村光来さんは「海里を演じるために肉体改造も行なっていただき、こだわりをもって海里というキャラクターを作り上げていただきました」とコメントしています。『女性自身』は、テレビ誌ライターの話として、肉体改造は約1年にわたったと伝えました。
本人も9月に公開されたCMのインタビューで、最近ハマっているものを聞かれて「最近は役作りでトレーニングをしていることもあって「ベンチプレス」ですね(笑)」と答えています。「胸を鍛える種目にハマって一生懸命やっています」とも話しました。
食事にも気を配っていました。10月5日のイベントでは、共演の奈緒さんが「玉森さんも一緒に色々と体作りだったりとか食事制限をされてたので、すごく詳しくて」と明かしています。
2人とも役作りのためにささみばかり食べていたそうで、玉森さんは奈緒さんの役名「ほこ美」を「“ささみさん”って何回か(笑)」呼び間違えたと打ち明けました。
役作りのために食事制限とトレーニングを重ね、さらに髪も金髪にしていたのが、『anan』の表紙で驚かれた時期でした。
ドラマの第2話では、海里の過去の場面も描かれました。モデルプレスは、ハイトーンで襟足の長い髪形からは程遠い「黒髪短髪の素朴な印象」の姿だったと伝え、視聴者から「雰囲気違う」「フレッシュな感じ」といった声が届いたと報じています。
同じ作品の中でも、髪の色と長さが変わるだけで別人のように映ったことになります。雑誌『BAILA』の2025年5月号は、「ドラマでボクサー役を演じた」年の玉森さんについて、とことんストイックに追い込んで体調をくずしたこともあったと紹介しました。
短髪から銀髪や黒髪へ
髪形と髪色は、2023年からの数年だけでも何度も変わりました。報道された順に並べると、変化の大きさがよく分かります。
2023年6月、玉森さんはInstagramのストーリーズに「バッサリ髪切るか」と投稿しました。その3日後の音楽特番『テレ東音楽祭2023夏』には、長く伸びていた髪をばっさり切った短髪で登場しています。
モデルプレスによると、前髪も作られた全体にすっきりした形で、ファンからは「びっくり」「玉ちゃんが夏仕様に!」「短髪もカッコ良すぎる」といった反響が寄せられました。
2024年の秋には、ドラマの役に合わせて金髪になりました。翌2025年10月には、ブランドの催しを訪れた際の写真をInstagramに投稿して新しい髪色を披露し、THE FIRST TIMESは「金髪だった髪はピンクがかったシルバーヘアにチェンジ」と伝えています。重めの前髪に、毛先を外にはねさせた髪形だったそうです。
その翌月、2025年11月の音楽番組『ベストヒット歌謡祭2025』には、黒髪で出演しました。本人は投稿で「あ、黒髪になりました」と報告しています。記事では「これまでの柔らかなハイトーンから一転」と表現され、肩に触れる長さの髪に動きをつけたスタイルだと紹介されました。
2026年9月には、金髪姿の写真に「次の髪色どうしましょ?」と書き添えた4日後、ラベンダーピンクの髪を公開しています。THE FIRST TIMESは「くすみ感のあるラベンダーピンクヘアが顔まわりにかかり」と写真の様子を伝え、ファンからは「初の髪色じゃない?」という声も上がりました。All About ニュースは、同じ月の投稿について「色白な玉森さんとハイトーンヘアの相性は抜群です」と書いています。
短髪、金髪、銀髪、黒髪、ピンク。前髪の重さや長さも、そのたびに違っています。髪は顔のまわりを縁取るものなので、写真を見た時期によって顔の印象が違って見えるのは自然なことでしょう。
毎日のパックと水3リットル
肌の手入れについても、本人が何度か語っています。2022年10月、美容誌『VOCE』の表紙に登場した際には「美容は、前からなんとなく意識はして、身だしなみとして取り組んだりしていました」と話しました。
表紙の撮影前については「余裕があればエステに行きたいけれど今はなかなか難しいので、家でパックするとか、お肌にうれしいことができればなと」と明かし、「もちろん昨日もパックしましたよ!」と笑っていたそうです。
同じ年の12月、玉森さんは『VOCE』が選ぶ「2022年 最も美しい人」を受賞しました。受賞を知ったときは「何かのドッキリなんじゃないか!?」と思ったそうです。贈賞式で美容法を聞かれると、こう答えています。
「お水は毎日本当にたくさん飲んでます。毎日、3リットルくらいは飲んでいるんじゃないかな?」。乾燥しないよう、内側からも潤いを与えたいという考えからでした。
2022年の贈賞式では「毎日パックしています」と明かし、朝も夜も10分から15分ほど続けていると話しました。
メンバーの千賀健永さんからは「タマはこういう肌質だから、こうして、こうして」と教えてもらうこともあると明かしました。受賞については「“最も美しい人”に恥じぬよう、自分磨きを頑張っていきたいです」と語りました。
『VOCE』の編集長は、玉森さんが表紙を飾るたびに読者から大きな反響があると話し、「その透明感溢れるルックス」だけでなく、インタビューで語る言葉にも賛辞が寄せられるとコメントしています。
雑誌『BAILA』の2025年5月号では、クレンジングから化粧水、ブースター、美容セラム、クリームへと進む手入れの順番が紹介されています。シートマスクもほぼ毎日使っているとのことでした。
同じ号のインタビューで、玉森さんは「褒められることも多い肌については母に感謝ですが、自分でもキープしたいと思うようになりました」と話しています。日焼けをやめて白くなった肌を、毎日の手入れで保ってきたことが、本人の言葉からうかがえます。
玉森裕太の顔変わったまとめ
玉森裕太さんの顔が変わったと言われる背景について、確認できたことをまとめます。
- 玉森裕太さんは1990年3月17日生まれ、東京都出身
- 子供の頃はサーフィンで真っ黒に日焼けしていたが、デビュー前にやめて色白になった
- 2009年ごろは金髪で、白いメッシュを入れていた写真に本人が赤面した
- 2015年に「髪形を変えて、体も鍛えて」と、自分で見た目を変えたことを語った
- 2019年の主演映画では、撮影中に体重が落ちていったと共演者が証言した
- 2024年のドラマでは役作りのために肉体改造と食事制限を行い、髪を金髪にした
- 2023年以降、短髪、銀髪、黒髪、ピンクと髪の印象が何度も変わった
- 2022年に「毎日パックしています」と、肌の手入れについて語った
- 本人が整形について語った発言や報道は確認できなかった
日焼け、髪、体づくり、肌の手入れと、本人の言葉でたどれる変化が重なって、見るたびに違う印象が生まれてきました。役や髪色でまた新しい表情を見せてくれるのが楽しみですね。

