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ドラマや映画で強烈な存在感を放つ名脇役、荒川良々さん。学生時代はどんな学校に通っていたのか、気になった方も多いのではないでしょうか。
荒川良々さんの出身高校は、佐賀県佐賀市にある私立の龍谷高等学校で、高校時代はラグビー部に所属していました。
高校卒業後は大学ではなく、福岡市内にある簿記の専門学校へ進学。その後アルバイトで貯めたお金でニューヨークに3か月滞在し、帰国後に劇団「大人計画」のオーディションに合格しています。
この記事では、本人のインタビューや報道をもとに、荒川さんの学歴と俳優になるまでの道のりを整理します。
目次
荒川良々の学歴は龍谷高校卒業|佐賀で過ごした学生時代
- 高校は龍谷、卒業後は専門学校
- 佐賀県小城市の呉服屋に育つ
- 小学校・中学校は非公表
- 佐賀市の龍谷高校とは
- ナイツ塙と同じ母校
- ラグビー部で過ごした高校時代
まずは、高校までの学歴と、荒川さんが育った環境を見ていきます。
高校は龍谷、卒業後は専門学校
荒川良々さんは1974年1月18日生まれ、佐賀県小城市出身の俳優です。劇団「大人計画」に所属し、連続テレビ小説『あまちゃん』や映画『全然大丈夫』など、数多くの作品に出演してきました。
学歴について分かっていることを、先に一覧にしておきます。
| 出身地 | 佐賀県小城市(実家は呉服屋) |
| 小学校・中学校 | 公表されていない |
| 高校 | 龍谷高等学校(佐賀県佐賀市・私立)卒業 |
| 部活動 | 高校時代はラグビー部 |
| 高校卒業後 | 福岡市内の簿記の専門学校に進学(大学には進んでいない) |
| 俳優の道へ | ニューヨーク滞在を経て、1998年に大人計画のオーディションに合格 |
荒川さんの学歴で押さえておきたいのは、高校卒業後に大学へは進まず、簿記の専門学校を選んでいることです。俳優の専門教育を受けたわけでも、学生演劇の経験があったわけでもありません。
お芝居とは無縁の学生時代を送ったあと、偶然観た舞台をきっかけに俳優の世界へ飛び込んだのが、荒川さんの歩みです。
佐賀県小城市の呉服屋に育つ
荒川良々さんが生まれ育ったのは、佐賀県の中部にある小城市です。佐賀市の西隣に位置し、地元のテレビ局の番組でも、小城市出身の有名人として荒川さんの名前が挙がっています。
実家は呉服屋だと紹介されています。着物を扱う家業の家に生まれ、佐賀の町で少年時代を過ごしたわけです。
なお、荒川さんの本名は「荒川良友(あらかわ・よしとも)」です。2024年9月の映画『Cloud クラウド』の舞台挨拶では、共演者から「名前の由来って何ですか?」と聞かれ、「“良”まで本名なんです。(本名は)良友なんです」と答えていました。
本名に「良」の字を持つ佐賀の少年が、のちに「良々」という印象的な芸名で全国に知られることになります。
小学校・中学校は非公表
荒川良々さんの出身小学校と中学校は、公表されていません。
ネット上には、地元の公立中学校に通い、中学時代はバスケットボール部だったとする紹介もあります。ただ、本人のインタビューや公式のプロフィールでは確認できなかったため、この記事では学校名は分からないものとして扱います。
小城市で生まれ育ったことから、小学校と中学校は地元の学校に通っていたと考えるのが自然ですが、断定できる情報はありません。
荒川さんは、テレビ番組やインタビューで高校時代や上京後の話をすることはあっても、小中学生の頃について詳しく語る機会はあまり多くないようです。学歴の中で比較的はっきりしているのは、高校以降の歩みといえます。
佐賀市の龍谷高校とは
荒川良々さんが通ったのは、佐賀県佐賀市水ヶ江にある龍谷高等学校です。
龍谷高校の歴史は古く、1878年に「振風教校」として開校しました。浄土真宗本願寺派の流れをくむ仏教系の私立学校で、校訓は「合掌、感謝、自律、明朗」です。現在は中学校と高校があり、男女共学となっています。
スポーツが盛んなことでも知られ、野球部は甲子園に通算4度出場。ラグビー部も全国高校ラグビー大会に出場した実績があります。
小城市の実家から佐賀市の龍谷高校まで通い、ラグビーに打ち込んだのが荒川さんの高校時代でした。
ナイツ塙と同じ母校
龍谷高校の著名な出身者には、荒川良々さんのほかに、お笑いコンビ・ナイツの塙宣之さんがいます。
塙さんはM-1グランプリの審査員を務めたこともある実力派の漫才師です。俳優とお笑い芸人という違いはありますが、佐賀の同じ高校から、2人の個性的な表現者が生まれたわけです。
荒川さんのほうが年上で、在学時期は重なっていないとみられます。それでも、同じ学校から全国区で活躍する人が出ていることは、母校にとっても誇らしいことでしょう。
スポーツの強豪校としての顔に加えて、芸能界にも人材を送り出している龍谷高校。荒川さんの存在は、学校の歴史を語るうえでも欠かせない1人になっています。
ラグビー部で過ごした高校時代
荒川良々さんは、高校時代にラグビー部に所属していました。
済生会の機関誌「済生」2021年3月号のインタビューでは、「テレビで見るより大きいですね」とよく言われると紹介されています。小柄に見えるものの、実は183cmの長身で、高校時代はラグビー部で活躍したそうです。
ドラマでは坊主頭やぽっちゃりした体型の、どこかとぼけた役柄の印象が強い荒川さん。その体格の土台には、ラグビーに打ち込んだ高校時代があったわけです。
体をぶつけ合うラグビーで鍛えた体力は、のちに長い稽古と本番を繰り返す舞台の世界でも生きているのかもしれません。
荒川良々の学歴と俳優になるまで|専門学校からニューヨーク、大人計画へ
- 福岡の簿記の専門学校へ
- 3か月のニューヨーク暮らし
- たまたま観た大人計画の舞台
- 芸名は松尾スズキが命名
- 荒川良々の学歴についてまとめ
ここからは、高校卒業後の進路と、俳優になるまでの歩みを見ていきます。
福岡の簿記の専門学校へ
龍谷高校を卒業した荒川良々さんは、大学ではなく、福岡市内にある簿記の専門学校に進学しました。
専門学校の名前や、なぜ簿記を選んだのかについて本人が詳しく語った記録は、この記事を書くにあたって確認できませんでした。
ネット上には、大学受験に失敗したことや、一人暮らしをしてみたかったことが理由だったとする紹介もあります。いずれも出どころがはっきりしないため、ここでは参考程度にとどめておきます。
確かなのは、佐賀を出て福岡で暮らしたこの時期が、荒川さんにとって初めての親元を離れた生活だったことです。この頃も俳優を目指していたわけではなく、のちに舞台に立つことになるとは本人も思っていなかったようです。
3か月のニューヨーク暮らし
専門学校を出たあと、荒川良々さんはアルバイトでお金を貯め、単身でニューヨークへ渡りました。
済生会のインタビューによると、渡米の理由は「肌の色が違ういろいろな国の人を見たい」という思いだったそうです。ニューヨークには3か月滞在しました。本人は当時を「何も怖いものがなかったんでしょうね」と振り返っています。「英語も全然喋れないのに」とも話していました。
演劇の本場ニューヨークにいながら、当時はお芝居に興味がなく、ブロードウェイとは無縁で過ごしたというのも荒川さんらしいエピソードです。
学校で学んだ簿記とも、のちの俳優業とも関係のない3か月間。それでも、言葉も通じない街に飛び込んだ度胸は、その後の人生の大きな決断にもつながっていきます。
たまたま観た大人計画の舞台
帰国後、荒川良々さんの人生を変えたのが、劇団「大人計画」との出会いです。
済生会のインタビューでは、たまたま友人と一緒に観に行った大人計画の舞台が面白く、オーディションを受けたところ一発合格したと紹介されています。1998年のことでした。演技の勉強をしてきたわけではない荒川さんが、いきなり人気劇団の一員になったわけです。
大人計画は、松尾スズキさんが主宰し、阿部サダヲさんや宮藤官九郎さんらが所属する劇団です。荒川さんはその後、ドラマや映画にも活躍の場を広げ、2008年には映画『全然大丈夫』で初主演を果たしました。
舞台から芝居を始めた荒川さんは、AERAのインタビューで、20代でテレビに出始めた頃は映像の現場のノリについていけなかったと明かしています。「楽しんで舞台をやれるっていうのは、俳優をやる上でのご褒美」という言葉からは、今も舞台への思いが強いことが伝わってきます。
芸名は松尾スズキが命名
大人計画に入った荒川良々さんは、最初は「荒川上手(あらかわ・じょうず)」という芸名で活動していました。
2024年の舞台挨拶では、「最初は荒川“上手(じょうず)”だったんです。荒川だから土手とかと間違える人がいるっていうので、“良々”と、松尾スズキが付けてくれた」と説明しています。本名の「良友」から一字をとった現在の芸名も、前の芸名と同じく松尾さんの命名でした。
ちなみに「良々」は「よしよし」と読みます。一度聞いたら忘れられない名前は、荒川さんのとぼけた存在感にもぴったりです。
荒川良々の学歴についてまとめ
- 荒川良々さんは佐賀県小城市出身で、実家は呉服屋
- 小学校と中学校の名前は公表されていない
- 出身高校は、佐賀市にある私立の龍谷高等学校
- 龍谷高校は1878年開校の仏教系の学校で、ナイツの塙宣之さんも同じ高校の出身
- 高校時代はラグビー部に所属。身長は183cm
- 高校卒業後は大学に進まず、福岡市内の簿記の専門学校に進学した
- アルバイトで貯めたお金でニューヨークに3か月滞在した
- 友人と観た大人計画の舞台をきっかけにオーディションを受け、1998年に一発合格
- 芸名は「荒川上手」から「荒川良々」に変わり、どちらも松尾スズキさんが命名した
荒川良々さんの学歴は、俳優とはまったく関係のない簿記の専門学校で終わっています。演技を学んだ経験がないまま劇団に飛び込み、今では誰もが知る名脇役になりました。
ラグビー部で鍛えた体と、言葉の通じない街に飛び込んだ度胸。学歴には表れないそうした経験こそが、荒川さんの唯一無二の存在感を支えているのかもしれません。

